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人を助けるために外国語を使う


私はインドネシアで働きながら暮らした経験から、インドネシア語が少しばかりできるようになった。

実質滞在期間は1年ちょっとだったし時間もお金もなくって独学だったけど、自分で言うのもなんだけど積極的に道端の人たちとインドネシア語で会話したり空いた時間に単語覚えたりとインドネシア語がうまくなりたいと強く願って勉強した結果、普通に話したりラジオを聴いて内容を理解できるくらいには出来るようになった。

日本への帰国後もやっぱり「インドネシアでの経験をなかったことにしたくない。インドネシアに関わりたい!」という気持ちが強く、外国人実習生の監理団体に所属して日本で働くインドネシア人のケアや会社の講習の通訳として勤めることにした。

必要とされる場面は、

- 配属後の身の回り生活情報
- (主にメーカーさんでの)安全講習
- 社内での技術講習
- 病院への付き添い、診断結果の通訳
- 配属先でのトラブル、実習生の悩み相談 

などだ。

通訳として関わるので、同じ実習生に定期的に会うことはあまりないけど、とにかくインドネシア人がかわいくて仕方ないので弟や甥っ子みたいな感覚で接している。

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なにが言いたいかというと、

自分の学んだインドネシア語で人を助けることが出来るということがすごく嬉しかったということ!
人のために言葉を使うってこんなに責任感だと初めて知ったということ!


今までは自分が騙されずに生き抜くため、自分の意見をしっかり主張するためにインドネシア語を学んできた。

人のために使うインドネシア語は初めてだった。
人の通訳だったり分かりやすく説明するための言葉はまた全然違うものだった。今までと使う単語の分野が違う、というのもあるけど、目的も全然違っているし、使う語調も変わった。

本当に困ってる人がいてその人が日本にいる唯一の頼みの綱として関われていることに緊張感とやり甲斐を感じている。自分でも分かりやすく人の役に立ててることが嬉しい。


最初は通訳なんて自分に務まるわけないと思っていたし(まだ全然通訳としてはレベルは未熟だしいつもうまく伝えられなくて反省してる)、まさか5年前、いや1年前は通訳としてかつて趣味だったインドネシア語を日本で使っているなんて夢にも想像も出来なかったけど、ことば奥深いな〜と思いながら日々勉強の毎日を送っている。

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