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【ぜっけい】

GW中、
信州大武者ゼミ生(佐久穂町をフィールドに町づくりについて学ぶ学生たち)と
「大日向の歌」の歌詞に出てくる場所を地区の人に案内をお願いして、一緒に歩いてもらい教えてもらいました。

十番まである歌詞のうちの、今回は二番から五番のあたりまで。
地区でいうと大日向の5区〜4区あたり。


まずは歌詞の四番に出てくる妙義山に登る。
私は二度目ですが、下から見上げると圧倒されるこの景色。

って、いきなりこの320超の急階段登りを朝一からってマジか。

でも、5歳を先頭にスタスタと登っていく20代と70代・・・

スタスタペースについていけず取り残される40代・・・
朝からハァハァ止まらず・・・心臓が破れました^^;

その後、木魚ひびく龍興寺、下川原、大崖、西のそり・・・と歩いて回りました。

この日午前中のみで歩いた歩数は16000歩を超えたのでしたw
最後に、大影城址があったとされる場所にも行って今日のところは終了。

学生の優しいお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒だから、息子も一緒に回れました。ありがとう。
案内してくださった清さんご夫婦、ありがとうございました。




ぜっけい



と聞いて浮かぶのは「絶景」の方ですよね。

この絶景。集落の景観。

先月道水路普請をした道も歩きながら、
今までは自分たちの手で維持管理してきたこの景色。
いずれ自分たちの手だけで守るのは限界がくるのでは?という不安。

そんな話を集落の人として、
その流れで
「絶系」という言葉を初めて聞きました。

世襲、継承、家継ぎ・・・
数珠のように当たり前に繋がれてきたものが今の時代当たり前ではなくなってきている。

限界は今もうきているのかもしれないね。と。
とてもゾワゾワするお話。

私はここに何故きたのかー
山の近くに住みたかったから。
もっと身近に自然を感じながら子育てしたかったから。
都会暮らしの将来に不安しかなかったから。

どの理由も全部、自分のことしか考えてないですね。今思えば。

自分の理想を求め、この集落にやってきて、
住んでみて感じる地域の危機感。

役場でも耳にするのは、人口減に伴う守り手としての担い手不足への危惧。


この理想の暮らしを守る一員に果たして私はなれるのか?

にわか者が分かった口聞くなと言われるのも承知で言うならば、
中途半端な応急処置なスポット対応ではなく、数珠を途切らすことなく繋いでいくという覚悟がなければ守れないのではないか。
そんなこと私にできるのか。



先日取材で訪れた保育園での籾撒きで、
この種となる籾は去年ここの田んぼで採れたお米なのかと聞いたら、
同じ田んぼでできた籾を撒いてもそこに稲は育たないー
という話を聞きました。不思議。

どこか違う田んぼで育った籾を持ってきて撒くことでまた稲は育つ。
その繰り返し。

どこかから飛んできた私たちは異分子。
先輩移住者が言った「よそ者は、何十年住んでもよそ者」という言葉の真理。

稲の話で、異分子でないと芽が出ず実らないという話に、
よそ者だからできることもあるのではないかななどと籾の可能性に己を重ねてみたり。

私は移住者として、籾になれるのか。
実りを絶やさぬ種となれ。

壮大なテーマですね。

「大日向の歌」の歌詞を辿りながら、自分の中で移住のテーマが変わってきてることに気づかされました。

残りの歌詞の景色を歩くのもまた楽しみ。

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