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魚が「スレる」現象についての私的考察(2)

「魚がスレるとはどういうことなのかなぁ」という素朴で、しかし釣りをする人にとっては非常に大きい問題について、長年考察してきたことをまとめたもののパート2です。仮説を組み立てていくまでの実際の試釣の話が中心になっています(実験というには少し粗いですが……)。
パート1に続き、釣り戦略の組み立ての参考になれば幸いです。

●釣りへでの検証事例

 さらに具体的な事例をもとに考えていきましょう。ここでも人為ではない、自然環境の変化(日照や気温、水温、水流/潮流、濁度など)によるものは除きます。前半でも触れたように「釣り場は山間部にある池型の管理釣り場。メインターゲットはニジマス。釣り方はフライフィッシング」です。比較的小さな毛鉤を用いて、食欲的なものにアピールする。条件を揃えるために、同じ毛鉤のパターン(色も同じ)でサイズを変える、同じ毛鉤で糸の太さを変えるなどをしながらの試行を行った結果とお考えください。

 まず、釣れていた魚が釣れなくなったときに釣り人はどういう行動をとるか?を切り分けてみます。その行動は多くの場合、
a.場所を変える
b.場所を休ませる
c.時間(明るさ)を変える
d.遠くへ投げる(遠くから投げる)

e.餌を変える(疑似餌の色やサイズを変える)
f.糸を細くする
g.ハリを小さくする

 です。このうちはシビアになる方向に変化した魚の警戒心をリセットしたり、狙う個体/群れを変えることによって釣りを続ける方法。以下は釣り方を変更して魚の警戒心をかいくぐる戦術です。
 しかしの「餌を変える」はよく行われる割に、魚の状態(そのとき食べているもの、周辺にある餌、魚の食べ慣れた餌など)により、定量的な試行がしにくいため、ここでは触れず、について考えてみます。

 の「糸を細くする」実験としては、管理釣り場という場所の性質上、かなりの数の魚を相手に確認することができました。フライフィッシングではフライラインだけでなく、その先端に付けるテーパーリーダー、そしてティペット(ハリス)に独特の規格があります。わかりやすく近似の日本式の号数を併記してみますと、主に使ったのはナイロン糸の6X(0.6号)、7X(0.4号)、8X(0.3号)、9X(0.2号)です。ルアーの人にわかりやすくポンドテストでいうと、7Xが約2.5ポンド、8Xが2ポンド弱と考えていただければと思います。
 さて、毛鉤そのものを変えずに糸の太さのみを変えていくと、釣れた魚の数は、6Xで3匹/時間程度だったものが、7Xでは6〜8匹/時間に。多くの人はこの辺で止めてしまうのですが、もうひとつ下げて8Xですと15〜20匹/時間と大幅にジャンプアップするのです(9Xにした場合、確かに釣れやすさは若干向上するのですが、さらに大きく伸びることはなく、むしろトラブルの発生が増えて実用性は感じられませんでした)。

 つまり「糸の素材と水との屈折率の差」と「糸の太さによるプリズム効果」が影響していると考えてよいと思われますが、明らかに魚に見えにくい太さがあるということです。それはこの時間あたりの釣れた数の差、連続ヒット数からいって、釣れやすさだけでなく、スレにくさにもダイレクトに影響しているだろうと推測できるでしょう。
 なお屈折率という点では、水の屈折率により近いといわれるフロロカーボン糸もテストを行いたかったのですが、ここまで細くしていくと、ナイロンのテーパーリーダーのままでは伸び率の問題が出て、結び目が解けてしまうこと、さらに伸び率が低いためにクッション効果がなく、切れやすいことなどもあって、比較できるデータ的な確証を得ることができませんでした。

 加えてもうひとつ重要な要素があります。の「ハリを小さくする」の派生型としてのものですが、
g’.ハリを見えなくする
 という対策も非常に効果的であることが確認できました。これは毛鉤の場合は作られた時点でほぼ固定されているからこそ、確認できた事象と言えるでしょう。ただし餌釣りでも「餌が自然な形になる付け方よりも、ハリ先が見えなくなるまで餌を刺すのが大切」などの方法を推奨する人、釣り場もありますので、ある意味では古典的な方法といえるかもしれません。

 私の実験では、毛鉤に巻いてある羽根にハリをカモフラージュさせた場合。あるいは毛鉤はそのままにハリを180度回して翅に相当する部分(ウイング)で覆い隠した場合(これは魚にハリ掛かりしませんでしたが)。どちらも毛鉤の大きさや色、糸の太さを変える事なく、捕食行動が再発しました。なお、これも糸のように段階をつけて、ボディ部分から針先までの突出量を変えていけばより詳細に分析できると思いますが、そこまでの実験は行っていません。
 ちなみに故・西山徹氏も著書の中で、ハリ先を折り、糸を付けずに毛鉤を流すと、それまで毛鉤に見向きもしなくなっていた魚たちが捕食行動を再開する旨、書いていました。また、水面から高く保持することでハリを着水させない毛鉤、上下逆に作ることでハリ先を空中に出し、胴体部で魚からは見えなくする毛鉤も、大々的ではありませんが推奨、提案していました。

 さらに、とても興味深い事象がありました。の「シビアな方向に変化した魚の警戒心をリセット」する方法のバリエーションとして、
h.釣り人がポジションを移動して引く方向を変える

 があったのです。非常にスレにくい釣り方(+毛鉤)であっても、何十もの魚を釣り上げ、さらに同じ群れを狙い続けた場合にはやはり徐々にではありますが釣れにくくなってきます。しかし一度は毛鉤に対する反応が悪くなった魚群であっても、釣り人が数m横に移動して、毛鉤を引く方向を変更すると、再び捕食行動が再開されることもたびたびあったのです。
 池型の管理釣り場とはいえ若干の流れがあるため、流れに対して上流側を向く性質がある魚たちは、ほぼ全てが同じ方向を向いています。ということは、条件の変化としては「毛鉤が魚たちはあの目の前を横切る角度が変わった」と考えるのが最も妥当でしょう。これは管理釣り場という高密度に魚が生息し、であるからこそ発見できた現象かもしれません。
 つまりの要素を変えても反応しなくなった、あるいはその要素の変更が既に極限まで達している状態の「反応の悪い魚群」であっても、実は人間に対しての警戒心や、糸やエサ/疑似餌そのものに問題があるのではなく、「ある方向へ移動するエサのような物体全般に対しての忌避」も考えられるのです。

 もっとも、水流に伴って何らかの動きの変化があり、捕食行動が引き起こされた可能性は完全には否定できません。とはいえ、テストで使用した毛鉤は、それほど柔らかな(ふわふわの)素材を使ったものではなく、シルエットが比較的固定されたものなので、移動方向の変化が主要因と考えるのが妥当と考えられます。

 では流れがほとんどなく、魚があちこちを向いている場合はどうでしょうか? 私はそこで結論が出せるほどの経験は持っていませんが、可能性としては、多くのルアーが一定方向へ引かれるようなる釣り場であれば、それに対する慣れ、警戒心のようなものがあっても不思議ではないと考えます。
 自然の釣り場であっても、常識的なポジションから何度狙っても釣れないのに、無理をして横から回り込んだ、あるいはボートが流されて少し狙いにくい、難しい角度から狙ったら釣れた、というような経験をされた方もいるのではないでしょうか。

●まとめ:ボーダーラインを突破する釣り戦略

 ここまで書いてきたような毛鉤での試釣の結果、前回で立てた仮説=捕食行動のスイッチのオンオフが紙一重であること、その紙一重の境界=ボーダーラインがさまざまな要因によって動くために起こる魚の行動変化が、「(魚の集団が)スレる」という現象であることを、自分なりではありますが、確認が出来ました。
 そして、この境界を突破する毛鉤のパターン(形状)や色、さらに糸の細さがあることも、おそらくこれは論理的な裏付けが可能であろうというレベルまで、今回、上記のような試行と考察で詰めることができました。

 またこの試行は、ハリや糸は基本的に魚に見えているという事実の再認識でもありました。見えていれば、ボーダーラインに対するマージンは小さく、魚の捕食行動のレベルは下がりやすい。すなわちスレやすいわけです。逆に言えば、今までの釣りは、それに頓着しない釣れやすい魚だけを釣っていた、あるいはそれを乗り越えて食うように仕向けるための工夫をしていたことになります(ルアーの場合、後者が多いのでは)。

 見えているハリや糸の対策ということならば、例えばルアーのハリの場合、大きな3本イカリ型からのシングルフック化、さらにはファイバーや羽毛によるカモフラージュ、ヒレへの偽装、ボディへの埋め込み、着色(つや消し黒などの単色、多色迷彩、餌やルアーと同色にする)などで、どういう変化があるのかの研究も興味深いものです。また糸ならば屈折率の違う素材(水に近いもの)の利用や、乱反射/屈折などを防ぐ加工、水なじみの良い色への着色(これはこだわる方もいます)などの対策が考えられます。

 またエサ釣りの場合、流れがあることを利用し、糸やオモリを餌の背後に隠すように上流側から流し込む釣り方が、渓流釣りのみならず、クロダイ釣りなどでも用いられると聞きます。魚→餌→糸→オモリの順に一直線になっていれば、餌に付いたハリスやオモリは見えないだろうという考え方です。フライフィッシングでも同様の釣り方を行うことがあります。

 もちろん、これらのシビアな状況を突破して魚の行動スイッチを半ば強制的に入れる、強力な餌や疑似餌を投入する/釣り方を変えるという対策もあるでしょう。魚種によっては、衝動的な捕食行動を引き起こす(=リアクションバイト)、縄張り行動を誘うという方向もあるでしょう。これらは、一般的な捕食のボーダーラインとは違うものが存在している可能性が高いと考えられます。さらに集魚剤的なものによる、味覚・嗅覚の刺激もプラス効果を生むかもしれません。

 以上、大枠ではありますが、私自身が考えてきた「魚がスレる」という状況についてのまとめとします。かなりイメージ先行の粗いまとめとなっていますが、そのあたりはご容赦ください。(了)

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フライフィッシング入門:目次
https://note.mu/sakuma_130390/n/n85152b3ea6f3

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