見出し画像

児童養護施設で育った人ってどんな感じなの?

はじめまして。

春野 真冬(はるの まふゆ)です。

布団の中にいる時間が何よりも幸せです。

TOPの画像はマウスで手書きしたものなので読みづらいですが、「児童養護施設で育った私の自己紹介」です。児童養護施設の漢字はマウスで書けませんでした。

私は11歳から18歳まで児童養護施設で過ごし、退所した後は色々ありましたが今は2年目の社会人生活をなんとか送っています。

家で虐待を受けていた時に思った事や、施設にいた時の事、施設を退所してからの事など、どこかで振り返って文字に起こしたいな……。
なんて思いつつも生活が落ち着いたらでいいや、と逃げていたのですがやっと行動に移せました。
生々しいかもしれないので、読むのしんどい! となったらそっと読むのをやめて頂けると幸いです。

児童養護施設に入所した理由ときっかけ

私が施設に入所した理由は母親から虐待を受けていたからです。
そして祖父祖母、親戚の家庭には私を引き取れる環境がなかったからです。

入所したきっかけは母の入院でした。
母が入院した日、学校に行っていた私を児童相談所の人が迎えにきて、そのまま一時保護所に入所。そして数か月後には施設に入所しました。

実はこの2カ月ほど前にも一度、母の入院がきっかけで一時保護所に入所しています。ですが母がすぐに退院し、虐待をもうしないと約束したため家に戻りました。家に戻った1週間後くらいにはまた始まりまりましたが。

母からの虐待は蹴る・殴るなのどの身体的暴力と、死ねばいいのに、といった暴言を吐かれる心理的虐待の2つです。

小さい頃は主に素手での暴力でしたが、小学校3年生くらいのある程度大きくなった頃には掃除機で殴られたり、包丁を投げられたりしました。
警察沙汰になる事も多々あり、よく生きているなぁと思います。

今日の母の機嫌はいいのかな、今日は殴られないかな、今日は痛くないかな。そんな事を思う毎日でした。

自分の人生がコントロールできない感覚

今日のは母は優しかったけど明日にはどうなっているか分からない、そんな綱渡りみたいに生きてきた感覚が強すぎて、今でも先の事を聞かれても正直困ってしまいます。

明日の事とか明日にならないと分からないじゃん、というのが本心です。
楽観的でもポジティブ思考でもないです。幼少期に自分ではコントロールできない理不尽な要素が多くて、その感覚が続いてるだけです。

しかし会社ではキャリアを形成しろ、ライフプランを考えろと言われるので四苦八苦しながら考えています。
今は好きな物を食べて、好きな服を着て、多くはないけど収入もあって、趣味を楽しんで……毎日それなりに充実して自分で意思決定しているのに、自分でコントロールできている実感がないのです。

しかし、ライフプランくらいは考ていきたいので、少しずつ昔の事や今の事を書いていって、先の事を考えられるようになれるといいなと思います。

今回は母の事が多かったですが、いつかは父など他の家族の事も書こうかなと思います。
次回もよろしくお願いします。


サポート頂ければもの凄く嬉しいです! 記事を書いている最中の紅茶やお菓子代にします。