『今年の冬』(ショート)
ブブブ…という音に、手探りで枕の下からスマホを引き出す。
「だれ…」ろくに画面も見ずに通話ボタンを押した。
「もしもしジュンちゃん? わたし、ノゾミ。もう寝てた?」
一年前に別れた彼女からだった。
「あのね、ジュンちゃん、外見てみて。
雪が降ってるよ!」
「ああ……」
ベッドを出るのは面倒だったから、しばらく間をおいて、嘘をついた。
「あ、ほんとだ」
「ごめんね、突然電話して。笙子さん、元気にしてる?」
隣で寝てるよ。
「あのね、ほら、前にジュンちゃんが言ってたじゃない?
槇原敬之の、なんだっけ、唄ってくれてさ…」
槇原……ああ、「今年の冬」か。母親の影響とはいえ古いよな。
♪ 去年の寒かった夜 雪が降った日のように
何時でもかまわずに ぼくを揺り起こすキミでいて
(槇原敬之「今年の冬」)
……なんてカラオケで歌って、僕はノゾミに思いを伝えたのだ。
「今、雪が降ってるの見たらそれ、思い出しちゃって……電話しちゃった」
「そうなんだ……ありがとう」
ありがとうというのもおかしいかと思ったけど、僕はノゾミにそう言って、それから少しだけ近況報告をしあって電話を終えた。
ブブブ…
枕の下でスマホが震え、僕はまた眠りの入り口に入り損ねる。
「もしもし、ジュンジュン? 元気ぃ? あたし、わかる?
ねぇねぇ、窓の外見てみぃー、びっくりするよー、雪降ってるよー」
「あぁ……カナエなの?」
「そうそう。覚えててくれたんだ!」
覚えてるも何も、僕をジュンジュン呼ばわりするのはカナエしかいない。
「前にさ、ジュンジュンがあたしに言ったじゃない? カラオケでマッキーの…」
あとの説明はノゾミと同じだった。ワンパターンな自分が恥ずかしい。
ブブブ…
「もしもし? ジュンくん? ごめんなさい、驚いたかしら。
今ね、窓の外を見たら雪が降っていて。そうしたらあなたの言葉を思い出してしまったの」
今度はユキエさんだった。
「あぁ…覚えていてくれたんですね」
と、喜んで見せたけど、他にレパートリーはないのかと、自分が情けなくて頭がくらくらしてくる。
ブブブ…
「ジュン? わたしよ、ミキコ。今ね…」
ブブブ…
「ジューンちゃん! 覚えてる? エミだけど…」
そんな調子でスマホは震え続ける。どうやら昔の彼女たちは今、みんなして窓の外の雪に気がついているらしい。
僕はすっかり目がさえてしまって、ベッドから出てタバコに火を付けた。 カーテンの向こうの静けさと明るさ。確かに外は雪が降っているのかもしれない。
何度も電話に出ていた僕をよそに、ベッドでは笙子が幸せそうに丸まって眠り続けている。いつの間にか僕の枕を左腕で抱きかかえ、甘い寝息をたてている。
たとえ今、本当に雪が降っていたとしても、僕は寝ている笙子を揺り起こしたりはしない。