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生活

実家に帰ってピアノを弾いたり、珈琲を飲んだり、紅茶を飲んだり、カステラを焼いたりしている。

こうやって書くと優雅な感じがするが、生活に溶け込んだそれらに優雅さは一ミリもない。

それでも家の周りの夏の匂いだけがわたしの夏を夏たらしめている。アブラゼミの鳴き声に、8月も半ばになってようやく夏を実感した。

毎年夏の記憶なんて忘年会に持って行くまでもなく忘れてしまうけれど、五感は夏を覚えているのかもしれないな。と今年の夏、初めて思った。

住む場所や食べるものというのは、知らず識らずのうちにその人を構成する一部分になるなんて話、本当だったんだなあ。


先日岡山で働いた際、隙間時間に散歩したりした。夏が涼しいし空気がいい。吹く風は森の匂いがするし幸福度が高くて、わたしが育ったところよりも田舎だけど、やっぱり自然が好きかもしれないと思った。

住み込んでいたところから十分くらい歩いて、日陰のベンチに座って本を読む。もちろん(片道30分のコンビニで買った)アイスカフェラテとともに。

観光に来た見知らぬ人と他愛ない話をしたり、川の音と森の匂いを感じながらページをめくったりする。

この時間のために来たのかもしれない。あんなに仕事がつらかったのに、うっかりそう思っちゃうくらい美しい時間だった。

東京のいいところは人がたくさんいて遊ぶととこがたくさんあることだ。けど、わたしには田舎暮らしの方が合っているのかもしれない。

虫は嫌いだけど。
虫、本当に嫌いだけど。


こんな時期になっても正解なんか見つからなくて、それでも幸福をひとつずつ拾っては眺めている。

きっとわたしはいつまでもこのままで、
手探りで輪郭を探りながら生きていくんだと思う。


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