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ひとときの安らぎをもらったお弁当🌸

今から12年前の
2011年3月11日14時46分

今まで経験したことのない揺れの中、お昼寝をしていた、当時2歳の息子に覆い被りながら、なかなか止まらない揺れに泣きそうだった。

東日本大震災だ。

その頃、千葉に住んでいたが、
かなりの揺れだった。

たまたま休みだった夫は、夕方の予定へ向かうために、玄関のドアノブに手をかけた瞬間のできごとだった。

2回目の揺れで、ライフラインが全てストップし、何が起きたのか…全くわからない状況になった。

昭和54年に建てられた団地。
このまま家にいたら危ないかもしれない。

何が起こったかわからない
息子を抱っこして、車へと避難した。

外に出てみると…変わり果てた風景

建物に亀裂が入り、道路にはポッカリと大きな穴🕳💦あちこちで液状化現象が起きていた。

段々と日が暮れゆく中、
ライフラインが復旧する見込みはなかった。

とりあえず、何か食べる物を確保しよう。

ゆっくりと車を走らせるが、もちろんスーパーもコンビニも、どこも閉まっている。

今日はムリか…💧せめて息子だけでも。
そんな会話をしていると、うっすら灯りがついているお店が見えた!

あそこのお店、やっているかもしれない

諦めかけたところに見つかった
一軒のお弁当屋さん💞

こんな大変な状況の中、通常営業で
お弁当を提供してくれていたのだ。

青ノリのついたちくわの天ぷらの
のり弁当、ほのかに温かった🌸

車の中で、感謝しながら食べたお弁当

どんな状況なのか?これからどうしたらいいのか?そんな不安を忘れることができた、ひとときだった🌈

その後、1週間ほど断水生活が続いた。

翌日、お弁当屋さんへ行ってみたが、
しばらく休業してしまった。
あの日、奇跡の営業!そんな想いだった。

不安な私たちの
心とお腹を満たしてくれたお弁当

程なくして、私達は引越しをした。

ここのお弁当屋さんは命の恩人だね✨と、感謝の気持ちを想いながら、引越しの日にこのお弁当屋さんの前を通って。

数年後、お弁当屋さんの前を通ってみた。

あれ❓
確かここの辺りだよね❓

行き帰り、ゆっくりと通ってみるが
あのお弁当屋さんが見つからない。

私たちのひとときの安らぎをくれた
あのお弁当屋さんは…もうなかった。

だけど、私たちの心の中には、いつまでも、あの日食べたお弁当は心の中に残っている。

いつか、このお礼を感謝の気持ちを伝えたい🌸と思っていたが、思いは届かぬまま。この投稿で届いたらいいな〜

私たちに元気をくれてありがとう💞

そして、あの状況の中、お弁当を提供して下さって本当にありがとうございました。

当時は、備蓄という概念はなかった。この経験から備蓄やローリングストックを心がけるようになった。

けれど…ただいま絶賛!食べ盛り中‼️の
息子に備蓄を食べられる日々…
また買い足しておかなきゃ〜💦

今回、こちらの企画に参加させていただきました。最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました🌸