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『DIVERS』



午前11:00

青年はスマホの時計を見て唖然としていた。今日は彼女とのドライブデートの日。11:30に彼女の家に迎えに行く予定だ。本来ならばあと5分後に家を出て、彼女と楽しくドライブをしているはず。しかし、青年は現時点で寝癖のままパジャマを着ている。そう。寝坊したのである。
セットしたはずの目覚まし時計の針は止まっている。きっと電池が切れたのだろう。「落ち着け。大丈夫。大丈夫だ。」青年は自分自信に言い聞かせる。太陽の光は嫌味ったらしくカーテンの隙間からこちらを覗く。深呼吸した青年は仕方ないというふうに溜息をつきながら独り言を言う。「潜ろう。」





青年には特技があった。それはタイムリープと呼ばれるもので、青年は13時間もの時を巻き戻すことができる。よくタイムジャンパーなどと言われるが、青年曰く、実行する時は「飛ぶ」感覚よりも「潜る」感覚の方が近いらしい。青年はこの力を使い、寝坊した「今」を変えるつもりなのだ。

眩しい。この光は自分の部屋の電気からもたらされる光。目の前でやっているテレビ番組は確実に昨日みたバラエティ番組。スマホを見ると時刻は午後22:00。無事に潜れたようだ。潜った後、青年にはやらなければいけないことがある。単三電池を買いにコンビニへ行く事。青年は財布を持ち家を出た。



タイムリープには、副作用がある。副作用といっても至ってシンプルで、疲労感が伴うということだけだ。しかしこれが意外とやっかいで、今の青年の体力では、1日2回潜るのが限度だ。しかし現在の時刻は22時。今から寝ればこの疲労感は無くなるだろうというのが青年の考えだった。
コンビニから帰ってきた青年は電池を入れ替え、目覚ましを9時30分にセットして、すぐさま寝た。





青年は頭を抱えていた。時計の針は10:00を指している。ただし、午前の、ではなく午後の、だ。結局、目覚まし時計が鳴ることは無かった。要するに、午前11:00に起きた青年は慌てて再び潜ったのだ。早計だったと青年は反省する。なぜ電池切れだと決めつけたのか。目覚まし時計は、シンプルに壊れていた。
そして、
青年はコンビニへ行く。1つの決意と共に、飲むと羽が生える栄養ドリンクをたくさん買う。もう寝るのが怖かった。潜った疲労感があるとはいえ、22時に寝て11時に起きてしまう自分が、青年は怖くて仕方なかったのだ。撮りだめていたドラマを全部見よう。そう思い青年は家に帰った。



限界だ。そもそも2回潜っている時点で寝ないなんて不可能なのだ。時刻は午前6:00。逆によく頑張った方だ。あんなにあった栄養ドリンクも全部ゴミ箱の中。しかし今寝てしまっては、日が暮れてから起きることになるだろう。それは絶対に避けたい。やるしかないのか。3度目のタイムリープを。



思っていた以上に、3度目のタイムリープは至極困難を極めた。いつもの時間の海は、まるで夕凪のような静けさだ。しかし、今回の海は荒れに荒れていた。流れが強く、上手く潜ることができない。今自分が潜っているのか、どこを向いているのかも分からないかった。苦しい。息が出来ない。
ようやく手が底に付き、目を開ける。眩しい。夕陽の光が手すりに反射して青年の瞳を輝かせた。スマホを見ると時刻は17時。大学からの帰りの電車の中にいた。ちょうど東京と神奈川を跨ぐ橋の上で、町と川が一望できた。川の浅瀬で遊んでいる小学生を眺めていると、スマホに通知がきた。
メールの送り主は彼女で、明日のデートのことについてだった。

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あと1ヶ月程で2人は1年の仲になる。彼女とのメールをしている間だけ、疲労感を忘れられた。
家に帰り、メールのやり取りが一段落すると、倒れるようにベッドに入る。しばらく寝ていたら、ふと目が覚めた。時計を見ると21時。不思議と眠気はなかった。なんとなくスマホを覗くと彼女からメールがきていた。

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しばらくメールをしてテレビを見ていると、睡魔が襲ってきた。時刻は23:00。そろそろ寝るか。ベッドに入って気づく。そういえばスマホの目覚まし使えばいいじゃん。中学生から同じ目覚まし時計を使っていたから時計を使うのが当たり前になっていた。アラームを9時半に設定して眠りにつく。







青年は寝坊した。時刻は例の通りきっかり午前11:00。きっと1回目の寝坊の時、目覚ましが鳴っていたとしても青年は寝坊していたのだろう。青年は考えに考えた結果、正直に彼女にメールを送ることにした。

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青年の頭はハテナマークで溢れていく。

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こんなにも同時にメッセージが送信されることはないだろう。

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青年はまず自分から要件を話すことにした。

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青年の心臓の鼓動が、大きく、早くなっていく。

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青年は喜んで良いのか分からなかったが、笑いが止まらなかった。








結局2人が集合したのは14時になってからだった。「ねぇ、お腹すいてない?」彼女が少し上目遣いで聞いてくる。青年は昨日からご飯を食べていない。「空いたかも。」「じゃあちょっと家上がってってよ!」青年は手を引かれるま彼女について行く。
14:20。青年の目の前には重箱が並んでいた。「昨日、遅くまで準備してたら寝坊しちゃって。」青年は重箱を指す。「まさか準備ってこれの?」彼女は少し笑った。「うん。」青年は呟く。「ぞっこんラブ」「え?」「いや、何でもない。」青年は彼女にぞっこんラブだ。
そして、青年は密かに思う。
もう、潜るのはやめにしよう。





「もう、潜らなくてもいいかな。」
「え?なんか言った?」

「ううん!何でもないの!ほら!早く食べて!自信作なんだよ!」

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