見出し画像

【コラボショートショート】お手玉の日

9/20は「お手玉の日」、may_citrusさんの小説「海の静けさと幸ある航海」と「ピンポンマムの約束」の間のショートショートが浮かんだので、書いてみました。


僕の愛妻・澪さんが、職場から大量の端布はぎれを持って帰ってきた。

「どうしたんですか、その大量の端布!」

「今度、うちの病院で地域交流のフリーマーケットを催すんですが、担当の病棟の看護師はお手玉を作ることにしたんです」

澪さんの職場は精神科の病院である。地域交流を通じ、精神障害に対する偏見を解き、身近に感じてもらうのは重要である。僕の、地方自治の専門家を目指していた者としての血が騒いだ。

「澪さん、僕もお手玉作り手伝います!」

「航さん、宜しくお願いします」

僕は黒縁眼鏡をかけ、スレダーを使って針穴に糸を通した。若い頃は、道具を使わなくても一発で糸を通せたのだけれど。

「航さん、針仕事手慣れてますね」
僕の手仕事を見ていた澪さんが目を丸くしていた。

「学生時代は自分で弓道着のほつれを直してましたから。裾直しも出来ますよ」

学生時代は既製服のサイズ展開があまりない時代で、流行りもビッグシルエットだった。小柄な僕にとって、自分の体型に合った服を着るには、裾直しは必須だった。

「航さんは、本当に器用ですね」

僕を褒めつつ、澪さんの手はリズミカルに針を動かしている。

袋状の布を表に返し、加熱処理済みの小豆を詰め、糸を引き絞り、俵型のお手玉が出来上がった。

澪さんが作りたてのお手玉で遊び始めた。

「こういう昔遊び、うちでよくやりました」
澪さんは教師の家系である。伝統的な遊びも、勉強の一環だったのだろうか。

僕もお手玉を投げてみたが、澪さんみたいにリズミカルに回すことが出来ない。

「……どうも、投げるのと蹴るのは苦手で」
球技の不得手は、スポーツをやらせたかった父を失望させてしまうほどだった。

楽しげに澪さんのお手玉を投げる姿は、祖母を思い起こさせた。

「……祖母がとても上手で、器用に投げる様子を魔法みたいだと思って眺めていたものです」

「お祖母様とは、よく遊んだのですか?」

「ええ。祖母は僕や弟の面倒をよく見てくれました。一緒に花壇に花を植えたり、美味しい食事を振る舞ってくれたり……ああ、懐かしい!」

かつて、この場所に建っていた祖父母の家。『よく来たね』と迎えてくれた祖父母の笑顔の記憶が、僕の胸をいっぱいにした。

「航さんたちのこと、とても愛しかったのですね」
僕の祖父母に思いを馳せた澪さんの顔が綻んだ。

「澪さんにも、会わせたかったな……」
祖父母はとうに儚くなっている。

澪さんは僕の気持ちを汲み取り、こう切り出してくれた。
「航さん、今度の休みにお墓参りさせてください。結婚してから、まだ挨拶に伺ってませんでした!」

「ぜひ、一緒に行きましょう」

僕の中の祖父母が『楽しみに待ってるよ』と微笑んだ。

【完】


澪さんが病院で働いている経緯は、こちらに詳しく描かれています。


働いている澪さんの様子は、こちらで読むことができます。


読んで下さり、ありがとうございます。いただいたサポートは、絵を描く画材に使わせていただきます。