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紫陽花の季節、君はいない 87

社会人になって良かったと思うことの一つは、自分がしたいことに気兼ねなくお金が使えることだ。
紫陽を探しに行くことだって出来る。


6月30日。俺はまた歳を重ねた。
八幡宮の夏越の祓の後、紫陽花の森で精霊達に会った。

「御葉様、俺は紫陽を探しに行こうと思っています。」
御葉様は驚いた顔をしていた。

「夏越…そんな無謀なことしてどうする。」
涼見姐さんが呆れている。

「俺…今までどこか受け身だった。
紫陽が現れるのを、じっと待っているだけだった。
だけど…紫陽は命をかけて俺と生きることを決めたんだ。
俺は彼女を探しだして、迎えに行きたい。」

「夏越、お前…砂漠の中で特定の砂粒を探すぐらいに難しいぞ。」
姐さんは険しい顔をしている。
「うん、覚悟は出来ている。」
紫陽の生まれ変わりが、前世の記憶を持ったまま生まれ変わっているとは限らない。

「そうですか。私達は八幡宮ここから出られないので、協力出来ないのが歯痒いです。」
精霊は境内から出ると消滅してしまう。御葉様みたいな高位の精霊でも例外ではない。

「夏越、どこを探しに行くつもりだ。」
「まずは、京都を回ってみようと思う。
神社の精霊だったし、寺社にゆかりのあるところにいるかもしれない。」
みやこか…。あの者の奥方も京の出だったな。」
姐さんの言う【あの者】とは、この地域を治めていた幕末の藩主のことである。

俺は花盛りの紫陽花の森を見回した。

紅葉くれは!もしも紫陽と再会出来たら、八幡宮に必ず連れてくるから。
その時は姿を現して、話をしよう!」
やはり俺には姿を見せてはくれない。
しかし紅葉は聞いているはずだと確信があった。

どこからともなく、涼しい風が吹いてきた。
風使いの紅葉の返事に違いなかった。

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