HPVワクチン接種が必要な理由 つくば市市議会提出資料

7月18日につくば市市議会へ提出した資料です。7月29日議員に配布されたとのことですので、以下に同資料を公開いたします。

つくば市市議会議員の皆様へ     

            医療法人 櫻坂 坂根Mクリニック 坂根みち子

つくば市の開業医です。

6月20日の市議会でのHPVワクチンに関するつくば市民ネットワークの小森谷議員の一般質問、「ワクチンは百害あって一利なし。子宮頸がんは検診で防げる」という主張が、現在の医学常識とかけ離れており、SNS上で大問題となっているのをご存知でしょうか。

各地の医療関係者や市民の方から連絡があり、つくば市在中の一医師として放置できず、先だって五十嵐市長に専門家を招いて議員向けの勉強会を開催して欲しい旨メールさせていただきました。

それに対して、まず資料を出して欲しい、その後の対応は再度検討するとのことでしたので、日本産科婦人科学会、YOKOHAMA HPV PROJECTがホームページに記載している資料等を中心に情報提供いたします。

まず最初に、子宮頸がんは、HPVウイルスが原因で発症する癌で、日本では年間1万人以上の患者が発症し、3000人近くの方が亡くなっています。特に20代から30代の若い女性が多く亡くなることからマザーキラーの異名が付いています。HPV感染で発症する癌ですからHPV感染を防げば癌にはなりません。ワクチンで防げる特殊な癌ということになり、世界中でその有効性と安全性が認められているワクチンが、日本では接種が止まってしまっているHPVワクチンです。各国の接種率を提示します。(横浜市立大学産婦人科教授 宮城悦子氏提供)接種奨励国で日本だけがワクチン接種がほぼ行われていないという異常な状態です。

そして残念なことに、現在日本では子宮頸がんが増えています。

              Asami Yagiら。2018-02-04 Cancer Research

この基本的な事実をまずご確認ください。

【ワクチン】

小森谷議員が指摘されましたように、HPVウイルスは自然排出される率が高く、感染したとしても持続感染から前癌病変になるのは 1 割弱、最終的に浸潤癌なるのは 1%以下と推計されております。しかしながら実際に子宮頸がんが年間1万人以上、前癌病変の人は3万人にのぼることから、HPV持続感染者、さらにはその母集団である一般女性におけるHPV 感染がいかに多いかお分りいただけるでしょうか。

日本における子宮頸がんのウイルスの型は16 型・18 型が多く、20 歳代の浸潤子宮頸がんの 90%、30 歳代の76%に、16 型・18 型が検出されています。ですからHPV感染を防ぐためのワクチンには、この16型と18型が入った2価・4価のワクチンが導入されており、接種により60〜70%の子宮頸がんが防げるとされています。実は世界では、すでに9価のワクチンが主流で、こちらが導入されれば、90%近くの子宮頸がんを予防できると考えられています。6月20日の市議会での保健福祉部長が、H25年の厚生労働委員会の答弁から引用し、HPVワクチンには「がん」を予防する効果はまだ示されていないとしておりましたが、HPVワクチンの接種プログラム開始から10年以上が過ぎ、2017年にはフィンランドよりワクチン接種によりHPV関連の浸潤がんが予防できたという報告(Luostarinen T, Apter D,ら. International Journal of Cancer 2017)他、がんの予防を示す新たなエビデンスが次々と発表されています。

さらに HPV16 型・18 型は、子宮頸がん以外にも、外陰がん・腟がん、男性も含めた肛門がんや中咽頭がんの主要な原因となっていることが明らかになっており、特にHPV感染による中咽頭がんの増加は海外でも問題視されております。米国では2019年には中咽頭がんによる男性の死亡数が、子宮頸がんによる死亡数を上回ることが推測され(Cancer Facts & Figures2019 American cancer society)HPV関連癌予防のために、すでに他国では男女ともにHPVワクチンの接種が始まっています。

【検診】ワクチンはいったんHPVウイルスに感染してしまった人への効果はありません。小森谷議員が推奨されている子宮がん検診は、HPVに持続感染した人が前癌病変になってしまった場合に、早期に発見して治療を行うことでがんへの進展を防ぐためのものです。つまり、ウイルス感染そのものを防ぐ対策ではありません。子宮頸がんの予防としては、早期発見のための検診だけでは不十分であり、HPVワクチンの接種と検診が車の両輪のようにセットで推進しなければならないものなのです。

それでは、日本の子宮頸がんの検診受診率はどうなっているのでしょうか。日本の検診受診率は 全国平均40%台と欧米先進国の 70〜80%台と比較して低く、特に 20 歳代を含む若年層の検診受診率は低迷したままです。つくば市の検診受診率はさらに低く、2017年度の受診は24.6%だったとのこと。検診率を上げる努力をするのは重要ですが、検診率が90%近い米国でさえ、子宮頸がんで年間4000人以上の女性が亡くなっており、検診だけでは不十分なのもまた明らかなのです。頸がんや前癌病変を有する人が検診で陽性を示す割合(感度)は50%~70%程度で、癌や前癌病変がある人でも、一定の割合で検診では異常なし(偽陰性)と判定されてしまうことがあります。 そのため小森谷議員はHPV-DNA検査併用検診を勧めていました。確かにHPV併用検診は感度をあげますが、逆に本来なら自然排出されるはずのHPV感染も検出することになります。20歳代では20~30%の女性が陽性となってしまうと推測され、過剰な検査・治療につながる恐れがあります。また陽性と判定された方には不要な不安を与えることになります。そのため、今後HPV併用検診を導入するとしても、適応年齢を慎重に検討する必要があります。

【子宮頸がんの現状】冒頭にしましたグラフのように、大阪府癌登録データの解析では(http://kanagawacc.jp/vaccine-jp/288/)2000年を境に子宮頸がんが増加しており、特に検診で見つかりにくい腺癌が30歳代以下の若年層で一貫して増加しているそうです。HPVワクチンを推奨している他の先進国、高所得国では、一貫して子宮頸がんは減り続けており、撲滅も視野に入っているのとは大きな違いです。

【治療】前癌病変やごく初期の早期がんまでに発見されれば、子宮の一部をレーザーで焼灼したり、子宮頸部を一部切除する円錐切除術などで完治することも可能です。ただし治療によって、早産や妊娠トラブル等、将来の妊娠・出産に影響が出る可能性があります。

一方浸潤がんに対しては根治手術(子宮や卵巣・リンパ節を広く摘出)や放射線治療・抗がん剤による治療が行われますが、依然として進行症例の予後は不良であり、またこれらの治療により救命できたとしても、妊娠ができなくなったり、排尿障害、下肢のリンパ浮腫、ホルモン欠落症状など様々な後遺症で苦しむ患者さんも少なくありません。

「癌」と診断されたことへの精神面への影響も大きく、検診で早期発見を目指すのと、ワクチンでそもそもHPVに感染させないようにするのとは大きな違いがあります。

【ワクチンの安全性】HPV ワクチンの安全性については、WHO(世界保健機関) のワクチンの安全性に関する専門委員会が世界中の最新データを継続的に解析し、繰り返し HPV ワクチンの安全性を示してきました。WHO は平成 29 年7月の最新の HPV ワクチン Safety update において、本ワクチンは極めて安全であるとの見解を改めて発表しています。この中で、最近の世界各国における大規模な疫学調査においても、非接種者と比べて 有意な有害事象は認めませんでした。日本においても厚労省内の研究班(祖父江班)や名古屋スタディで、神経疾患や自己免疫性疾患の発症率は接種群と非接種群で差がないことがわかっています。

WHOは日本に対してすでに3回、積極的接種の勧奨再開するよう勧告を出していますが、国内でも専門家から同様の要望が相次ぎ、最近では7月10日に日本産婦人科医会が、HPVワクチンの有効性・安全性については科学的議論の余地がなく、「HPVワクチン接種の積極的勧奨の差し控えをこれ以上継続する合理的な理由は見当たらず、リプロダクティブヘルス/リプロダクティブ・ライツの観点からも容認できることではない」と訴え、HPVワクチン接種の積極的勧奨再開を求める要望を厚生労働省に提出しています。

【メディアや厚労省の対応の影響】HPVワクチン定期接種開始当初に出た有害事象の映像(体が震える、歩けない等)を、ワクチンの副反応として大手メディアが繰り返し流してしまったことは、ワクチン接種のキーパーソンである母親たちに、過剰な不安を与えてしまいました。またWHOや専門団体の勧告にもかかわらず、その後6年に渡り、厚労省がワクチンの積極的接種の勧奨再開をしないことは、やはり何か隠しているのではないかという疑念を親たちに抱かせています。定期接種開始当時70%あった接種率は、現在0.3%にまで落ち込んでいます。現実問題として、報道により悩んだ末に娘にワクチンを接種させなかったご家庭で、娘さんの子宮頸がんが判明し、苦しんでいる実例も出ています。ワクチンで防げる病気であったにもかかわらず、間違った情報により、その機会を逸してしまった本人・家族の苦しみは、想像を絶するものがあります。

HPVワクチン接種の副反応と思って苦しんでいる人たちに寄り添うことと併せて、1万人の子宮頸がん患者さんを出さないようにすることは、どちらかを選択するようなことではなく、並行してやらなければいけないことなのです。

現在積極的な接種が勧奨されていないために接種対象者へのお知らせが届いておりません。お知らせが無ければ、多くの市民はHPVワクチンが定期接種であることも、ワクチンによって予防できる病気があることも知る機会もほぼありません。そのような状態では接種をするかどうかの判断も出来ません。せめてお知らせがあったら、接種をしていた子どもたちもたくさんいたでしょう。

このワクチンは高額で、3回の接種で自費だと5万円近くかかるために、今後公費負担から漏れてしまった子達のキャッチアッププログラムが必要ですが、今回のつくば市の議論は、そのような話と大きくかけ離れたもので、これでは救える命も救えないのです。HPVワクチンの問題に、多くの医療者がどれほどの危機感を持っているかご理解ください。

是非、科学の街を自認するつくば市として、エビデンスに基づき、定期接種であるHPVワクチンに対する正しい情報を発信し、積極的接種を推奨していただくよう希望致します。

(参考資料)

日本産科婦人科学会

http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4

YOKOHAMA HPV PROJECT

http://kanagawacc.jp/

2019年8月4日 訂正 1つ目の図表の説明について、次のように訂正しました 日本だけがワクチン接種がほぼ行われていない→接種奨励国で日本だけが〜            

以下 同じ内容のファイルです


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