義理の親戚づきあいの難しさなるもの

法事に出かけてきた。義理の親戚が増えていて居心地が悪いなと感じた。

義理の親族問題は一般には嫁姑問題や小姑問題などでよく言われる。けれどこの場合はもっと遠い親戚だし、さらに相手は接点も少ない異性だ。それでも何となくそこにいると違和感がある。仕方ない、当たり前なのかもしれないが。

今まで自分が当たり前だと思って穏やかに過ごしていた「家の雰囲気」に「他所の家の文化」が持ち込まれる。核家族単位のファミリーでだけそうなるのならまあ良いけれど、だんだんそれが周りの親族の中にまで染みてきて当たり前な感じになっていく。これに対する抵抗感が不当に相手を嫌う気持ちの正体なんだろうなと思う。

自分の家の文化と親戚の誰かの婚姻相手の家の文化がなんとなく近ければ抵抗感なくすぐに馴染むのだろう。私は自分のきょうだいの配偶者とその実家については大好きだし、一緒に過ごす時間も大切だ。両家の雰囲気や価値観がそう違わず、尊重できるからそう感じることができるのだ。

件の家で居心地悪いのは、それに加えて世代交代が関係している。先代の当主は落ち着いていたけれど今の当主はワイガヤ系、ワンマン系でがっちり仕切る人なので、雰囲気ががらりと変わってしまった。

程々にまとめて、あとは皆好きなことをやっている環境を好む私には窮屈で面白くない。そして、あまりこの家に品の良さを感じなくなってしまった。

さていつか自然に馴染む日が来るのだろうか。

それとも、血が薄くなると私の中でぐるぐるしているこういうモヤモヤな思いも関係して、徐々に徐々に離れていくものなのだろうか。

私はきっと流れに任せ、やや消極的に、特に無理はしないし頑張りもしないだろう。

#エッセイ #日記 #親戚づきあい #法事
#モヤモヤ

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寺村 咲来

平穏な日々

平穏な日の過ごし方や考えていること。
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