おいしいものにはその味以外の価値もある

「おばあちゃんが言っていた。この世にまずい飯屋と悪の栄えた試しがない」(天道語録)

悪もまずい飯屋もそれなりに見かけるような気がするけど。でもこの言葉は結構気に入っている。

私はたぶん他の人よりも、おいしいものが好きだ。

料理が得意な母の元で育ったし、自分も料理する。港区の会社にいたときは近くに美味しい店が数多くあっただけでなく同僚が皆味にうるさかったので、「おいしい」の基準が上がってしまった。そんなわけで私は少々高いハードルながら日々嬉しいとがっかりの間を行き来しつつ食生活を営んでいる。

ある日渋谷の大人気カレー屋さんに行った。ここのネパールカレーはとても美味しい。ふと隣のテーブルを気にすると、若いOLが

「あーもう、ここのカレー食べられるだけで今の会社にして良かったと思いますー。」

と食べる前から幸せそうにしていた。

そう、おいしいものは食べている瞬間だけではなく、後からも幸福な記憶として再生可能だ。味を覚えていられるならなおさら良い。

私は1日の中で何があっても「今日の自分はついているんだ」と思うことはできない。良くない出来事があったら口に出さなくとも「あーあ」「今日はついてないかも」と考えてしまう。

けれどその前にひとつでもいいことがあれば「あーあ」の後に例えば

でも今日は幸せなことがあったなー。可愛い犬の散歩に立ち会えて」

と立て直すことができる。かわいいもの、美しいもの、好きなアーティスト。そして幸福材料としてもっぱら手っ取り早いのが、おいしいものを食べることなのだ。

店を探すなり自分で作るなり買ってくるなり、その幸せな出来事を自分の行動力で発生させるのは結構簡単だ。

私は「おいしいと感激した幸せな記憶」をたくさん持ち歩きたい。そのために昨日も今日も明日も欲張っている。おいしいものは私が日々のいろいろな出来事に立ち向かうための、メンタルの鎧とも言えるかもしれない。

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寺村 咲来

平穏な日々

平穏な日の過ごし方や考えていること。
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