からっぽの感覚と共に

13歳ぐらいの時から人生の秋にいるような感覚でいる。

「いつだっていまが始まり」

と言う考えも頭では理解できるけれど、漠然と終わりや終わり方を意識している自分がいる。

虚無感がなんとなくいつもそこにあるのだ。

割と恵まれて育ち、学校を出るまでほとんど苦労もしなかったからハングリーでないのかも知れない。

社会に出ると色々な育ちの人がいて気を遣い、職によってはいつも売上の数字のことで鼓舞され、時間に追われ、体育会系のノリの空気が良しとされ、高い年収や「キラキラしている」理想がかかげられ、そうして段々と虚無感が自分の中で大きくなっていった。

遊びや、キャリアに関係ない自己研鑽で刹那的に過ごしているときだけは、自分が自分でいる実感が得られた(時にはそれらをうまく結びつけて将来設計をすることもあるのだけれど)。

たぶん、私は双極性障害II型を20年ぐらい前から持っていて、向き合って治療しているのはここ2年ぐらい。

躁のときは表面には出ないが気分が高まり集中力や情報処理能力が体感で3割ぐらい増す。反対に鬱に入ると倦怠感、眠気、そして虚無感と対峙する。

ここに来て、自分自身の虚無感をもっと掘り下げて見つめてみたらどうなるのかということに興味がある。何か自分についてもっと分かるだろうか。認知行動療法に役立つだろうか。

この本を読んでみたい。2,800円もするのに試し読みができないのがやや不満なので何処か近くの図書館で出会えたら嬉しい。

文学や映画などの中で描かれる虚無感にも興味があるので何かそういう研究が空き時間にできたらなあ、とも漠然と思う。

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寺村 咲来

双極性II型・PMDD

双極性II型(軽度の躁うつ)とPMDD(月経前気分不快障害)と共に過ごす日誌
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