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【応援団】Grizzlyに混ざって気づいた、サラマン隊の課題

2024年4月6日、サク来はレジスタにいた。

朝、VALENTさんに連れられ、慣れない電車の乗り継ぎを繰り返し、たどり着いた大宮公園駅。
そこからレジスタへ向かうのだが、サク来が地図を見誤り、すぐ近くにある県営大宮へ行ってしまいタイムロス。
火の国が誇る大無能が、早くも大立ち回りしてしまった。


この日サク来がレジスタに行ったのは開幕したBC、昨年王者の埼玉武蔵HBの開幕戦があったため。
埼玉武蔵HBの応援だったら昨年の8月5日とグラチャン決勝ですでに味わっているが、今回は一味違う。
サク来はレジスタにてトランペッターとして、埼玉武蔵HBの応援に加わった。
初めてGrizzlyの鳴り物を担った。
これがいかに尊いことなのかは、これまでのGrizzly、埼武連の軌跡を辿ればすぐに理解できるだろう。

結論から述べるが、この試合で私は何も貢献できなかった。
例え何かしら残せたとしても、あまりにもちっぽけすぎる。

今回のnoteでは、サク来がこの試合で学んだことや以前noteにて投稿したチャントについて、そして今後の火の国サラマン隊について考えたことを、まとめていくものとする。


埼武連からGrizzlyへ


昨年のグラチャンをもって解散となった埼武連。
新たに誕生したGrizzlyはその意思を受け継いだ団体となる。
体制が変わったことに伴い、いくつか変更されている点がある。

最も印象に残る変更点は、ユニフォームの採用であろう。

埼武連時代は各団体がそれぞれ法被・オリジナルTシャツなどを着用して試合に挑んでいた。
グラチャンでは友情応援に駆けつけた他の応援団体の団員にそれを貸し出している様子も見受けられた。

試合開始前、代表のTOMMYさんが集合をかけ、段ボールから取り出したユニフォームをメンバーへ手渡しした。
青と黒の縦ストライプ、ガンバ大阪を彷彿とさせるユニフォームは、それぞれスポンサーと個人別となる背番号が印刷されてある。
聞いた話によるとスポンサーについて代金は貰っておらず、メンバーや元選手の経営する会社から許可を貰って印刷した、あくまでも「スポンサー風」であるとのこと。
それでも袖にまでびっしり印刷されたロゴは、とても賑わっている。

メンバーそれぞれに与えられた背番号も魅力の一つ。
背番号とはあるが、実際は胸にのみプリントされており、背中には何もない。
TOMMYさんは77番を胸に付け、7番や25番、47番など各々思い入れのある数字を選んでいるようだ。
Grizzlyとして唯一無二の番号を背負い、メンバーのモチベーションにも直結していると考えられる。
統一感と個性が上手くマッチしている例だと言えよう。

その他にもかっ飛ばせコールの変更や応援パターンなど、細かいところまで挙げているとキリがなくなる。
埼武連からGrizzlyとなった中で、外見だけでなく本質も変化していることは、見れば明らかだ。


新応援・チャントについて


今年のGrizzlyの応援において、最も注目が集まる点はチャントだといえよう。


サク来は以前noteで、Grizzlyのチャントが野球応援の可能性を広げる挑戦だと記した。
埼玉武蔵HBの応援において、サッカー応援の印象が強くなった要因の一つでもある。

開幕戦、先発のマウンドに由規選手が登板した。

「オーオー オーオー オーオ オーオ オーオオー ヨシノリ ヨシノリ 俺らのエース」

「アーレ、アーレ、アーレ」を原曲としたチャントが発動すると、一塁側スタンドが飛び跳ねる。


サク来はチャントが発動した当時、チャントの元ネタしか知らず、どのように歌うのか分からずにいた。
だがその心配はすぐに消え、1ループ終了した後から飛び跳ねることができた。

多くのチャントが持つ特性:簡単な構成により誰でもすぐ歌えるようになるポイントが生かされた場面だったといえよう。
これが投手応援歌だと多くのファンが歌えることなく、あっという間に相手の攻撃が始まってしまう。

イニングを重ねるごとに雪だるま式に熱が帯びていく。
8回に登板した辻選手のチャントはサッカー中継でも頻繁に用いられている"WE ARE THE CHAMP"が原曲だが、この時点の一塁側の熱狂は凄まじいものだった。
攻撃時における応援だけでなく、投手登板前に行う応援にまでGrizzlyの色で染め上げる。


埼玉武蔵HBの応援は相手に脅威を与える存在となる。
そこには埼武連で培った応援のメソッドとGrizzlyで生み出したチャントのシナジーが存在している。

Grizzlyの応援に加わって


ここからはGrizzlyの応援に加わったことについて書いていこうと思う。

試合の前日にVALENTさんと一緒にご飯へ行ったのだが、その時にやってみないかと提案を受けた。
当時サク来は昨年の県営大宮での試合のように応援に参加しつつ、チャントの観察や他球団の応援団との比較を行おうとしていたが、またとないチャンスだと思い、VALENTさんから、マウスピースとトランペットをお借りした。

先述の通り、この日参加したメンバーは8名。
リード・ドラム・スネア・トランペット(を始めとした金管楽器)・フラッグ等々、複数に分かれており、イニングにごとにローテーションするように割り当てられた。
初回のリードに立ちながらトランペットを演奏し、2回はスネア、3回から6回まではトランペット…といった感じで、多くのメンバーが複数ポジションを担当できる力を有している。

トランペットでは、各イニングごとにA・Bに各メンバーを割り当てる。
これは大雑把に説明すると、基本は奇数ターンはA、偶数ターンはBのメンバーが応援歌の主旋律を演奏する、グループのことである。
Aが演奏しているとき、Bは休憩するように、常にどっちかが演奏しているのだが、これは「必ず休憩しなければならない」という意味ではなく、「別にAが演奏している時はBは自由行動だよ。吹きっぱなしたり、ハモったりしていいよ(でも自分らのパートでちゃんと主旋律を演奏できるよう、無理しないようにしようね)」ということである。

私がこの割り当てにおいて最も印象に残った場面がある。
VALENTさんについてだ。
彼は自分のパートは楽譜に従って演奏し、そうじゃないパートでは火の国では恐らく耳にすることのできないハイトーンでハモり、また自分のパートに戻る。
これを初回から8回まで、ドラムに回った時を除いた全てのイニングで行う。

他のメンバーたちも自分のパート外でもハモリを入れたり主旋律を演奏したりして、それに比例するように一塁側のボルテージも上昇する。
サク来にはA・Bのいずれでもない、「好きな時に入る」とかいう特別措置が取られた。
とりあえず最初は様子見して、入れそうなら2ループ目から入るってのを8イニングほど繰り返した。

サク来は今まで3度埼玉武蔵HBの応援を目にしており、どれも異なる場面での出会いだった。
最初の出会い:2023年8月5日の県営大宮では、一塁側で声を張り上げるファンに混じって、2回目はグラチャン決勝戦にて対岸で敵として、そして今回Grizzlyに加わり、トランペットを演奏した。

「埼玉武蔵HBの応援は凄まじい」という声をよく耳にするが、今回、私はGrizzlyの発想力、そしてそれを叶える個人の能力の高さが、それを生み出すきっかけになっていると考えた。

今年から新たに導入したチャントやスネアドラム、サッカー応援を源流とした応援等々、Grizzlyの柔軟な発想力には、いつも驚かされる。
グラチャン決勝戦、対岸で眺めたエンターテイナーは火の国サイドからしたらとても異様な光景だった。
そしてその発想力について行き、実行できるメンバーのポテンシャルの高さもGrizzlyの応援をより高い次元へ引き上げている。

冒頭に記した通り、この日サク来はGrizzlyの何も貢献できなかった。
常に埼玉武蔵を思っている人間と、ぽっとでの奴とでは、あまりにも差がありすぎた。


サラマン隊/KALにおける応援団について


決して自画自賛するつもりじゃないが、私がKALで最も応援のスキルに長けていると思う。
これはサラマン隊、ひいてはKALの応援における問題である。

旗振りが絶望的で、トランペットが出来るくらい、あとは軒並み程度くらいだと自称するサク来の唯一の頼みであるトランペットはGrizzlyではさっぱりだった。
昨年のグラチャン決勝戦後にそんちょうさんが、「試合には勝ったが、応援は負けた」と落ち込んだ様子でよく口にしていた。
当時のサク来はそんな暗い表情のそんちょうさんを腹の底から笑っていたが、その言葉の真意を理解できた気がした。

サラマン隊に限らず他のKAL応援団を見ても、大分Bの蜂翔優羽会はトランペットの演奏に関しては球団ボランティアの男性のみで、宮崎Sの宮崎日向会は動画を見た限り、伊虎会が提供したドラムでスリーコールを延々と繰り返している。
外側だけ一丁前で中身が伴っていない、本質に迫っていない場面がどうしても見えてしまう。

今回Grizzlyに混ざって、改めてKALにおける応援団の現状と向き合った。
私がこの遠征で学んだことを還元しなければならない、そう思った。
武蔵と比較したところで何かがどう変わるわけではないが、少なくとも昨年途中まで行われた脳死スピーカー応援との完全な決別にはなると考えている。
Grizzlyで学んだことを実践したり、逆に今まで残っていた風習を見直したりと、道のりは長いが、各々が応援の本質を突き詰めることで、サラマン隊に限らず他の応援団と共にさらに高い次元へ引き上げるのだと信じている。



改めて写真フォルダを振り返っていると、レジスタでの思い出が蘇る。
勧めてくれたVALENTさん、それを快諾してくださったTOMMYさん、Grizzlyの皆様方は優しくサク来を迎えてくれた。

全てのGrizzlyに、感謝を込めて。

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