非匿名のススメ

毎日いろんなニュースが出るよね。

数日前まで京アニ放火事件一色だったけど、今は吉本問題一色になってる。反社絡みの一件が経営体制の問題に。反社よりブラック企業の方が共感性も高いから、火はつくだろうなぁ…。SNSで気軽にコメントはしないようにしてるけど、ニュース自体はすごく追っている。お笑いが好きだし、自分が影響を受けたコンテンツって吉本芸人が出ているバラエティ番組だったりするので、今後どうなっていくのか気にはなる。

しかし、まぁ、今にはじまったことじゃないけど、なんでこうも匿名の意見がまかり通るようになったんだろうね。なんて思う。5~6年前まで「匿名掲示板」といえば2ちゃんねるだけを指していたことない?今は5ちゃんねるか。そこは単純に、Twitterやヤフコメの登場だろうな。あれらは当たり前に匿名だし、なんなら本来はそれを除こうとするFacebookでも偽名を貫けばいけちゃう始末やんか。

俺は20歳からハンドルネームにネルソンを使っていて、ベトナムに来たあたりから本名の水嶋も使って「ネルソン水嶋」をやっている。それ以前も匿名で書いたことがあるとすれば、大喜利系の掲示板くらいだったので、いまだに匿名情報に責任なんてないと思ってる。ちなみに匿名とは「本名でない」というばかりでなく、それを使い続けていて、ネット社会に存在するひとりとしてアイデンティティがあれば非匿名だと思う。そもそも、2ちゃんねるにもコテハン(固定ハンドルネーム)の存在という概念がある。

発言に責任を持てるかどうかは、その発言内容と発言者が紐付いているかどうかだ。発言だけがそのへんのゴロンと転がっていて、「言い逃げ」のような形になるなら、どれだけ的を射ていて共感を得られる内容でも、「卑怯だな」だと感じる。ただ、たとえば内部告発など、言ったら権力から報復を受けるという可能性もあるので、すべてに当てはまるとはまでは言わないが。

にも関わらず匿名がまかり通るのは、直接的にはTwitterやヤフコメやその他もろもろのプラットフォームの仕様がそうなっているからで、なぜそうなのかというと「その方が盛り上がってアクセスが集まるから」だと思うし、なぜ盛り上がるかというとシンプルに「日本のネットユーザーの多数派だから」だと思う。これ日本関係ないか。比べたことがないから今は分からん。

何にしろ、大多数の人間が、匿名でありたいと思っている。これに対して共感はしないが、理解はできる。ネットでなにか積み上げていこうと思わない人間が、わざわざ実名なり、実名でなくとも同じ名前を使いつづけてネット上でアイデンティティを持つことは、何のメリットもないことだからね。だから今後それが変わっていくとも思っていない。悔しいけど、俺みたいな人間はマイノリティだし、これにおいては社会的弱者だと思う。

そのことが、世の中のなにかを良くしたか。否定するつもりはない。吉本の話にしたってそうだけど、これまでは組織内で潰されていた主張が組織の外へ出ていくことで、世間からの外圧をかけることで解決されやすくなった。インターネットがその「世間」になった。さっき書いた内部告発だってそうだ。ただ、このところ、その外圧が暴走しすぎていて、感情論に染まりやすくなり、オーバーキルに至るどころか新たな問題を生んでいる。なにかしらの「事件」の犯人特定に、まったく関係のない人が吊るし上げられることなんてその最たることだ。裏付けのない義憤なんて、ストレス解消と同じだ。だったらバッティングセンターにでも行ってついでに経済回してほしい。

ただ、ひとつ主張したい。周りにたくさんいるからより思う。上記を踏まえて、ネット上でも名前を持って責任を持ちつづける人は、善意も悪意もひっくるめて、自分のやってきたことに対する「見返り」も「仕打ち」を受け取りつづける(どちらも真っ当かどうかは別として)。人は悪意ほど声がデカイ(と思ってる)から、ツライことの方が多いと思うが、それは他者への想像、ひいては気遣いなどにつながっていく。考える機会も増える。そりゃあ完璧な人はいないが、責任を持っている人と持っていない人の差は雲泥だ。

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\中吉/
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ネルソン水嶋@サルニークリエイション

海外ZINEというサイトの編集長、たまにライター。2011年に旅先で誘われベトナム移住、現地ブログ・べとまる開始。ダチョウに乗って走ったりドリアンを装備したりと人は羨まないが平和な人生送ってます。ライブドアブログ奨学金、デイリーポータルZ新人賞2014など受賞。@のうしろは屋号。
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