暇だからつくってあそぼ

ここのところずっと引きこもって仕事している。最近まで4日ほどずっと出ずっぱりだったので、まるでその反動が来たみたいだ。ありがたくもダナンにいるとときおり人が訪ねてくれるので(8・9・10月まで毎月誰かが来る…でもダナンは9月から台風シーズンだからできれば離れておきたくもあるけど)、これくらい極端な方がちょうどいいのかもしれない。

それにしても。家にいるときの行動の選択肢が、本当に絞られている。今いる宿のテレビも初日以降ずっと付けていないし、そもそも仕事をしているときに音楽を流すと集中できないので(単純作業なら別だけど)、今も無音でひたすらカタカタとキーボードを叩いている。「ねぇGoogle」というタイミングが起床時と食事時だけなので、声帯が滅びていっている感じがある。

日常の行動は、寝るか、シャワー浴びるか、ご飯食べるか(周りに店が少ないというか空き地ばかりなのでほぼGrabFoodというデリバリーサービス)。あと残りは仕事で、動画を編集したり、原稿を編集したり、あるいは書いたり、ライターの問い合わせにお返事したり、企画のためのアンケートを取ったり、チーム内で連絡取ったりお客さんと調整したり。いろいろやってる。

あ、暇つぶしも忘れてた。根詰めて作業したあとはベッドに転がってスマホ開いて暇つぶし。そっちは3つのまとめサイトとYouTubeのマッサージ動画とキャンプ動画くらいしか観ない。なんだかこの言いぶりにふと、宮沢賢治の雨ニモマケズの「一日二玄米四合と味噌と少しの野菜を…」を思い出したけど、向こうは人間的だがこっちはもう申し訳ないくらいに対極的だ。それにしても、ネットサーフィンのラインナップが完全に廃人のおっさんだな。

という訳で、何が言いたいかというと、選択肢が本当に絞られている。

でも、これはこれでいい気がしてきた。というのも、とにかく消費的行動の選択肢が少ない。食う寝る遊ぶの遊ぶがひたすら出来ない。ベッドに転がりながらまとめサイトを見て、あーもう最新記事読みつくしちゃったなー暇だなーうーん………仕事するか。という感じでまたパソコンの前に戻ってくる。

よく「忙しいことはいいことだ」という話を聞く。社会人の場合、それだけ仕事にあふれてるってことだと思うけど、ひっくり返すと「暇はダメだ」ということになる。でも、暇は暇でいいんだよね、消費的行動がないのであれば。仕事、というより生産的行動をするしかないから。それが誰かの消費的行動につながっているから成り立つんだろう。自分にとっては素晴らしい。

ダウンタウンの松ちゃんだっけ。芸人は…クリエイター?孤独が大事と話していたのは。あれって本当にそうだなぁと思った。自分の場合は子供の頃、家で三人兄妹でずっと遊んでいたことが、妄想をオモチャにすることに慣れてしまって、「なんか分かんないけどともかくつくりたい」って欲求につながっている。し、兄も妹も自らの手でつくる関係の仕事に就いている。この「暇だから仕事するしかない」という状況にそんな自分のルーツを重ねた。

ま、それも、「どのみち誰か訪ねてきたらまた出ずっぱりになるし」という前提があるからこそかもしれないが。それがなかったら楽しい懲役刑みたいなもんだしな。楽しかったらそれでいいかもしれないが、鼻毛は伸び放題。

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\吉/
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