マレーシアとバトゥ洞窟と人生の伏線

4日間ほどマレーシア(クアラルンプール)に行ってきた。いちおう仕事ができるようにとパソコンを持っていったのだけど、一度も開くことがなかった。その最大の理由は「部屋にWi-Fiがほぼ届かなかった」からだけど、結果的に、旅に集中する意味でも、デジタルデトックス的な意味でも良かったと思う。考えごとと旅は相性が良い。

初マレーシアで強烈に感じたことが、「ほんとに多民族国家なんだな」ということ。街を歩けば、南アジア系、マレー系、中華系、さまざな顔ぶれと言語が飛び交い、チャイナタウンのすぐそばにヒンドゥー教寺院があったり、イスラム教国なのでモスクについては言わずもがなで。数日行っただけで安易なことは言えないとは分かっちゃいるし、一部では暴力的なテロ行為もあるらしいけど、それでも。「平和な共存ってこういうことやで」と教えられた気がする。同じ東南アジアでも、ベトナムはほぼベトナム人だし、タイは多様ながらも仕事や旅行で来てる人が多い。でもマレーシアは先の人々が一世紀以上前から住んでいて、その多民族国家ぶりにはかなりの年季が入ってる。端的に言えば「国民が共存に長けている」。街並みも顔ぶれもまったく違うけど、もしかしたらアメリカの都市部に行けば近いことを感じるかもしれない。これも話には聞いていたけど、体験することはまるで違う。そんな基本的なことを改めて思い知らされた機会という意味でもよかった。移住した友人家族に会ったけど、子育てを考えたときに、この国なら学び取ることが多いなと(それは大人もだけど)確かにしみじみ思う。これだけの多様な価値観に触れていれば、寛容になれるというか、寛容にならざるを得ない。自分はなまじっかベトナムに数年住んでいる(あとタイにほんの少し)というだけで、多くの日本人より異文化に触れていると考えてしまうけど、自分もまぁるでまだまだだね。いや、人間の一生で経験できる限界を思えば、どこまでいってもまだまだだ。分かった気にならない、無知の知というやつを改めて意識した。

マレーシア旅行でとくに思い出に爪痕を残したものが、バトゥ洞窟だ。郊外にあるヒンドゥー教寺院で、有名観光地でもある。それに、自分でも驚くくらいに魅入られた。「行ってよかった」、そう思える場所は、理屈で言えばどこでもそうだが、初見で直感的に思う場所は数少ない。バトゥ洞窟はそんな場所だった。具体的にはその派手な装飾やシヴァ神像(なのかな?)の巨大さ。何を見せられても「なんで?なんでそんなにアクが強いの??」と…疑問に思う隙も与えられず、「強いもんは強いんだよ!!」と胸ぐらを掴んで主張してくる。あとあちこちで猿が自由すぎるくらい人から食べ物を奪っている、そのへんにゴミを捨てる(当然といえば当然か)。こんなとこまで共存が。やべ〜かっけ〜。なぜこうも心を掴まれたのだろうと考えていたら、昔見た特撮ヒーローを脳裏によぎった。「仮面ライダーRXカッコいい」と、根っこには同じものがある気がする。理屈は分からんが、胸に迫るものがある。

そういえば俺、マンダラほしいと思ってた時期があったな。そこに宗教的な文脈はなく、ただマンダラってカッコいいよなとなんとなく思っていて、手元にほしくなっては忘れてる。いやこれ仏教かと思ったら、どうもマンダラはヒンドゥー教にルーツがあるという説もあるらしい。なんにしろ、ああいう緻密でゴテゴテした、世界観が詰まっているものが好きだということだ。

その昔気になってた女子も「マンダラが好き」とか言ってた。今ほどハッキリとマンダラが好きとは自覚していなかったので、「変わったことを言う子だな」と思っていたけど、自分の世界観をシッカリ持っていた人だったので、惹かれたことと根っこでリンクしていたのかもしれない。気になる存在という点では、バトゥ洞窟とその子は同じ。なんとなく人生の伏線みたいだなと、ちょっとおかしく感じた。

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\中吉/
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ネルソン水嶋@サルニークリエイション

海外ZINEというサイトの編集長、たまにライター。2011年に旅先で誘われベトナム移住、現地ブログ・べとまる開始。ダチョウに乗って走ったりドリアンを装備したりと人は羨まないが平和な人生送ってます。ライブドアブログ奨学金、デイリーポータルZ新人賞2014など受賞。@のうしろは屋号。
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