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断髪小説『君がいる景色 後編』


あらすじ

彼のカットの練習に付き合うものの、クラスメイトか友達か曖昧なまま。その関係が少しずつ変化をしていく。

小説情報

  • 文字数  :20,000文字程度

  • 断髪レベル:★★★☆☆

  • キーワード:高校生、美容室志望、少女漫画風

  • 項目の詳細はこちらをご覧下さい。※断髪シーン少なめです

本文

3.夏の思い出

 國府田こうだくんのカットの練習に付き合うようになって二ヶ月が経った。月に一回、特別なことはなくただ私の髪を切り揃えるだけだ。携帯に連絡をもらって、学校帰りに彼の実家の美容院に寄る、そんな流れだ。

 美容室の定休日にやりたいと聞いていたので、始めた本屋のバイトも練習の日はシフトから外すようにしていた。

 夏休みに入っていた八月も変わらず連絡がきた。そろそろかなと思っていた矢先のことだった。暑い日が続いていたので、髪を一つにまとめ、さらりと着れるシャツワンピースに帽子を被って美容室に向かった。

 彼は想像以上に真面目だ。ひたすら同じことを繰り返して手を抜かない。まだ会ったことのない彼のお母さんから許可されているのはカットだけらしく、シャンプー、カラー、セットとか、他の施術はお母さんがいないとできないそうだ。

 毎月切り揃えてオイルを付けるだけで髪質が変わった気がする。広がらないしさらさらをキープできるし。それを同い年の男の子がやっている。驚きを隠せなかった。

 彼の実家の美容室は家から学校に行く途中の駅にある。今、その店の前でウロウロしていた。相変わらずガラス扉には“CLOSE”の札がぶら下がっていて、カーテンが閉まっている。いつも一緒に来ていたから扉に鍵が掛かっていることをすっかり失念していたのだ。

 とりあえず携帯に連絡してみようと鞄から取り出そうとしたら、後ろから声を掛けられた。

「あら、ウチの店になにか用かしら?」

 振り返ると長身の女性が立っていた。どことなく見覚えのある整った顔立ち、ウェーブのかかった明るい髪をさらりと背中に流して年齢を感じさせない雰囲気があった。

「はい、えっと國府田……昊くんと約束してて」
「あぁ、そらね。アイツたぶんまだ寝てるわね。とりあえずウチに上がってちょうだい」

 こっちよと言って店の裏手から住居スペースへと案内された。一階に店舗とダイニングキッチンがあり、二階が生活スペースのようだ。

「麦茶でいいかしら」
「お、お構いなく」

 声を掛けてきた女性は國府田くんのお母さんだった。明穂あきほさんと呼んでとフランクに話しかけてくる。気さくな様子でも同級生の母親でしかも初対面、緊張しかない。しかも手ぶらでお宅訪問になってしまっている。

「ごめんなさいね、もうすぐ降りてくると思うから」
「いえ、私も早く着いちゃって……」
「そんな堅いことはいいわよ。昊は迷惑をかけてない?」

 矢継ぎ早に学校のこと、バイトのこと、そしてカットの練習のことを聞かれた。なかなか日々接客業をしているからなのか、若々しくパワフルなお母さんだ。

「それで、菜摘なつみちゃんは昊の彼女?」
 
 ブッっと麦茶を吹き出しそうになり、ケホッと二、三回咽せる。

「ち、違います! クラスメイトで」

 慌てて手を振って否定した。
 
「あら、そうなの。私てっきり」
「母さん!!」

 國府田くんが叫びながらドタバタと音を立て階段を降りてきた。

 夏休みに入ってから初めて会った。私服で雰囲気の違う彼に少しドキリとする。白のTシャツにジーパンとラフな格好で、しかも夏仕様なのか髪が短く刈り込まれていた。

「あら、遅かったじゃない」
古坂こさかになに聞いてるんだよ!」
「あなたが待たせるからいけないんじゃない。ほらとっとと準備してきなさいよ。私は菜摘ちゃんと楽しくお喋りしてるから」

 ねー、とこちらに同意を求めてきたので、彼女に釣られて首を傾けた。
 
「あー、もう分かってるよ! 変なこと喋るなよ! 古坂、もうちょっと待ってて」

 國府田くんはそれだけをいって慌ただしくお店へと向かっていった。「ほんと落ち着かない子ね」って言っていたけど、学校では見たことのない彼は新鮮だった。

◇◇◆◆◇◇

「ここはこうして……」
「……」
「そうね、そんな感じ」

 今までと同じように國府田くんが私の髪を切り揃えているところに、今日は彼のお母さん、明穂さんもいた。頭の上では専門用語が飛び交ってちんかんぷんだ。借りられた猫とはこのことで、練習の邪魔にならないようにじっと黙って待つしかない。

 今日は揃えるだけではなくセニングシザーで髪を梳かれ、床には髪がこんもり積み上がっていた。長さもスタイルもほとんど変わらないのに、髪が柔らかく軽くなる。

「菜摘ちゃん、この後の予定は?」
「特にないです」
「そうなの? じゃあ夏休みどこか出かけたりした?」
「いや、あまり。バイトしてました」

 帰省は近場だし、バイトするか友人に会うくらいだ。

「あらそう、学生のうちに遊ばなきゃ。でもそうね、時間があるならヘアメイクもしてみようかしら」
「えっと……」

 押し出しの強そうな人を相手に断る術もなく勝手に話が進んでいく。
 
「キュートな顔立ちだから、甘めとかカジュアルっぽくが似合いそうよね」 
「大人っぽく」

 明穂さんが色んな角度から私の顔を観察してるときにはっきりとその声が響いた。

「やるなら大人かわいいだろ。古坂も言いたいことがあるなら口に出せって。じゃないと母さんのおもちゃにされるだけだぞ」
「ま、ひどい。菜摘ちゃんが可愛いから構いたくなるだけじゃない。ウチに女の子は居ないし」
「はいはい、可愛げのない息子で悪かったな」

 親子の遠慮ない言い合いが飛び交うなか口を挟めるはずもなく、「で、どうしたいの」と声を掛けられるまで静観するしかなかった。

「もしできるなら、大人っぽくしてみたいです……」

 消え入りそうな声で伝えたその思いを國府田くんは「りょーかい」と一言で聞き入れてくれた。そして口を挟んでくる明穂さんと舌戦を繰り広げながらもメイクとヘアアレンジが仕上がっていく。想像以上に顔が近かったり、心臓がずっとうるさかったけど、終始真剣そうな顔は瞼に焼き付いていた。
 

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