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プログラムディレクターコメント 米原晶子

Performance Residence in Museumの2年目は、演劇家の藤原佳奈が世田谷美術館に15日間滞在しました。演劇活動を始めてちょうど10年目を迎えた藤原は、「上演は、場を結び、ひらくことである」という考えの元、自身の足元や周囲を丁寧に見つめ、そこにいる人々と言葉に耳を澄ませ、場を立ち上げる実験を積み重ねているアーティストです。そんな彼女が世田谷美術館に滞在することで何を考え、何を発見するのか。世田谷美術館で過ごす時間が、今後の創作活動の糧になることを願い、プログラムへの参加を打診しました。

この記事では、藤原が滞在中に発した印象的な言葉から、今年度のプログラムを振り返りたいと思います。

・「野良」と「素朴派」
滞在の2日目には世田谷美術館で活動する鑑賞リーダーに向けて、藤原のこれまでの活動や今回のレジデンスで行いたいと思っていることを話す場を設けました。その時彼女は「自分は演劇の専門教育を受けた訳でもなく、王道のルートでキャリアを重ねてきた訳でもない”野良”のアーティストです。」と自分自身を評しています。その翌日、開館以来世田谷美術館の展覧会の特色となっている「素朴派」の展示を多く手がけた元学芸員へのインタビューを終えて、彼女は「私も”素朴派”なんじゃないか!と感じた」と興奮気味に話してくれました。美術分野では正規の美術教育を受けていない作家の潮流を一つの重要なムーブメントと位置付け、世界的に認知されていることを専門家から改めて聞く時間は、大袈裟に言えば藤原のようなアーティストがこれまで少しばかり自分を卑下するように語ってきた自身の立ち位置に対して自信を持って歩んでいけば良いのだ、そんなアーティストにこそできることがある。と背中を押された瞬間になったのではないでしょうか。異なるジャンルの専門家と出会い、共通点と違いを知ることの豊かさが表出した時間となりました。

・「応答」すること
藤原は、「応答」という言葉を滞在中に幾度となく口にしました。彼女の活動は世田谷美術館の歴史や特色をよく知る複数の関係者へのインタビューと、美術館の建築や活動を味わうことをメインにした滞在前半を経て、後半では前半の滞在で感じ、考えた世田谷美術館への「応答」としての上演を創作すると決めたのも、非常に藤原らしいアプローチであったと思います。また滞在前には世田谷美術館に関する資料を読み込み、前後半の間には追加リサーチを、そして世田谷美術館の建築家に縁のある都内の建築にも足を運びました。精力的にそして広く立体的に世田谷美術館を捉え、そこから何かを読み解こうとしているように見えました。世田谷美術館に「はじめまして」と挨拶し、一歩一歩時間をかけてその姿を知り、自分自身が感じたことを伝え返す。性急に決めつけることなく、じっくり相手に「応答する」。そんな彼女の姿は、作品発表を滞在のゴールと決めて、そこからの逆算で滞在中に成果を求めるのではなく、あくまでも滞在を始めたアーティストがその場で出会った人々や起きる出来事を通じて自然と時間やクリエイティビティを積み重ねていくことこそを目的とするアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の時間軸が、いかに重要かを改めて私たちに教えてくれるものでした。

滞在アーティストの今後の活動にAIRを経験した影響が現れるのは、数年先のことかもしれません。私たちはつい、何事に対してもすぐに成果を期待しがちですが、もし中長期的に向き合う課題やテーマをアーティストが見つけることができたのなら、むしろそれはとても大きな成果とも言えます。今後も歴代のアーティストの活動に注目し、その姿から自分たちのプログラムの在り方を見つめ直す学びを得ていきたいと考えています。

米原晶子(プログラムディレクター / NPO法人アートネットワーク・ジャパン)

写真:加藤甫


滞在アーティストの藤原佳奈による、プログラムを振り返る記事
世田谷美術館主担当学芸員による、プログラムを振り返る記事
も合わせてご覧ください。


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