ともみ

ヨガインストラクターをしています。昨年、青天の霹靂な出来事に出会い、私の人生が180℃…

ともみ

ヨガインストラクターをしています。昨年、青天の霹靂な出来事に出会い、私の人生が180℃変わりました。「わたしをいきる」決断をさせてもらえた出来事でした。そのことについて綴っていきます。

最近の記事

自己対話から導き出されたもの

眠れない夜を過ごし、とことん自分と対話を続けた夜。 明け方近くになって、夢の中だったのか起きていたのかその狭間の中で、私の中で決まったことがありました。 「もう全部引き受けよう。  起こることは起こってしまったらいい。  何があっても大丈夫。私に必要なことしか起こらないから。  手術をしようが私であることは変わらない。  手術をしても、前以上にパワフルな私であればいいんだ。  怖がっててもいい。  怖いだけだから。  でも、今、この瞬間は、まだ何も起こってない。  今は

    • 「生き続ける選択」をした結果

      誕生日を迎え、新たな人生を進む選択ができた私。 あまり悠長に構えてられない現実を受け入れて、セカンドオピニオン先の病院を受診することにしました。 やはり、そこでも初めに言われたのは「抗がん剤治療」。 でも、どうしても抗がん剤治療は受けたくなかったので、まず外科手術を受けたいとお医者さんにお願いして、先に外科手術を受ける段取りで進めてもらうことにしました。 それに向けて、色んな検査を受けました。 がんがあること以外は、全て正常と言われて、健康?そのものとも言わ

      • 最終的に「わたし」が決断したこと

        「生き続けない選択を望む私」と「生き続ける選択を望む私」と「その狭間に板挟みになっている私」で、膝を突き合わせて自己対話をとことんしました。 こんなの生まれて初めてでした。 というか、こんな二極の選択を自分自身にさせるということは、そもそもはないですよね。 なぜ、生き続けたくないの…? そう、問いかけてみました。 「ずっとずっと押さえつけられてた。もう自由にしてほしい。  ずっと私が本当にしたいことをさせて欲しかった。  ずっと自由が欲しかった。

        • 調子は良い・・・はずが

          西洋医療以外の方法で治療することを決めて、手に入るあらゆる方法やアイテム・食品を身体に聴きながら取り入れつつ、身体の調整を施療家さんにしていただいていたのですが、がん宣告されて、2か月ほど過ぎ、仕事もひと段落したところで、どうやら、私の状態があまりよくないことを告げられました。 このままだと、幹細胞はそのまま残ってしまい、転移のリスクが高くなっているということでした。 この時は告げられなかったのですが、実は、ステージが2から3まで上がるくらい悪化し、甲状腺への転移も進んでい

        自己対話から導き出されたもの

          何を身体に入れるか

          あれこれ情報を入手しているうちに、いろんな疑問が出てきました。 ある本には塩は一切駄目と書かれ、 ある本には糖質が一切駄目と書かれ、 ある本にはフレッシュなジュースが良い、 ある本には・・・・ いったいどれがいいのよ? 矛盾する情報に、辟易しながらも、何が私にとって真実なのかを必死になって探しました。 ふと、 「一人ひとり顔が違うように、同じがんの種類だからと言って何もかもが同じではないはず。  私にしか合ないやり方があるはず。」 そういうことが頭に浮かびました。

          何を身体に入れるか

          まず、何をしたかというと・・・

          お医者さんからは、「抗がん剤治療をして、最新の治療を受ければ治ります。一緒に戦っていきましょう」そんな言葉を伝えられたが、私の心には響きませんでした。 というよりも、「なんで自分で作ったものなのに、戦って抗って攻撃しなければならないの?」という疑問が出ました そして、そのまま先生に告げました。 「なぜ抗わないといけないのですか?なぜ正常な細胞も攻撃するような抗がん剤を身体に入れなければならないのですか?」って。 西洋医療ガッチガチの先生に面と向かって私は、「なぜ?」をぶつ

          まず、何をしたかというと・・・

          もたらされたものは

          がん宣告されたら、普通はショックで落ち込みますよね。 いや、もちろん、私も落ち込みましたよ。 「なんで私が?」って。 でも、その前に、「あ〜、しゃあないなぁ、自分が明らかに作ったよな」って感覚が起こってました、私には。 もともと身体や健康に関しては、超オタクな私。 さらに、以前、アーユルヴェーダ でも脈診をしてもらって、今後罹患するかもしれない疾患等は何もないって言われてたし、大きな病気をすることはないだろうと思ってました。 でも、もし、何かあるとしたら、

          もたらされたものは

          青天の霹靂ってほんまにある

          私の人生も、ボチボチ後半に差し掛かっておりますし、今までの人生もなかなかのネタ盛り沢山の人生でしたが、ここに来て、さらに大ネタな出来事、それも青天の霹靂って言える出来事が起こるとは夢にも思っておりませんでした。 もしかしたら、私の経験がお役に立てる方もいらっしゃるかと思いますので、早速こちらで書かせていただこうと思います。 2019年6月11日、私はがん宣告を受けました。 「HERE2陽性 エストロゲンレセプター陽性 浸潤がんの乳がん ステージ2」 これが

          青天の霹靂ってほんまにある

          久しぶりの投稿です!

          久々の投稿です。 最後の投稿から1年10か月ぶりくらいかな? ここに書いていた記事の答えが出たような、濃密な1年10か月でした。 そのことをこちらに書き綴っていこうと思い、久々に開きました。 ニックネームもちょっと変えました。 さて、この前の記事で 「私は私を信じて私の人生を歩いていくことしかできない」 こう書いていました。 1年10か月たった今、「わたしはわたしを心から信頼してわたしの人生を歩いている」と大きな声で伝えられます。 何

          久しぶりの投稿です!

          期待

          自分が何者なんだろう 自分は何がしたいのだろう 自分はどうありたいのか 数年前から気づき始め、今年に入ってから特に目の当たりにされている。 目の当たりにしているのにどうしたらいいのか、まだまだもがいている。 無視しようとすると、それが体調不良でという形で向き合わされる。 昨日は夏至だったが、10日ほど前から身体が全然動かなくなってしまった。 季節的なものとも言えるけど、昨夜ふと感じたのが「期待」という言葉。 私は私に対して期待してくれること、人に「期待に応える

          もやもや

          今年に入ってずっともやもやしていることを整理するためにちょっと書いてみる。 小学生の頃から疑問に思っていることでもあるけど、まだ納得がいってないこと。 それは「私は誰?」ということ。 もちろん、両親もいるし戸籍もあるし、出自はしっかりわかっている。 あくまでも感覚的なものかもしれないんだけど。 ○○○○○という名前を持つ存在は紛れもなく実在する人物。 ○○○○○って名前がついてるから○○○○○っていう人として生きているけど、この○○○○○という名前のついた身体の中

          もやもや

          はじめの第一歩

          前から気になってたnote。 まずはやってみようと思ってはじめてみた。 さて、ここでどんな世界を広げようかな〜

          はじめの第一歩