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おいしいものを少しだけいただく

小学生チームが学校に行っている間に、母が焼肉ランチをご馳走してくれた。

少し前に体調をやや崩していたわたしを心配して、ついでがあったからと遊びに来てくれたのだ。

お肉をしっかり食べたほうがいいよ、と、子どもたちと行くチェーンの焼肉屋さんではなく、お肉屋さんのやっているちょっといい焼肉屋さんでランチをすることになった。

メニューを選ぶ時点で、ランチセットになっているお肉だけじゃ足りなそうだから他にも頼む?と母が言った。
むかしの母からは考えられない言葉だ。
わたしが10代の頃の母は、食が細く、こういう時にわたしが1.5人前食べることがほとんどだった。
「おいしいとこを少しだけがいいの」とよく言っていた。
虚弱体質なのか、ストレスにやられていたのか、ホルモンバランスの影響だったのか
食は細い、冷房に弱い、体力がない、とった不健康なイメージが記憶の中にあるが、いつしかだんだん食欲も増してきて、特にここ10年くらいはあらゆる面で健康的だ。

わたしの選んだはらみのステーキランチは、おろしポン酢と醤油とわさびのついた、さっぱりいただけるセットだった。
一方、母が選んだのはカルビ3種盛りのランチで、辛口のタレと普通タレのついたガッツリ系のセット。プラス生ビールも飲んじゃう!と少しはしゃいでいた。
今やまさに、あの頃と逆転し、
わたしが「おいしいとこを少しだけがいい」と言うお年頃になった。(とは言え、しっかり一人前は食べた)

人は、年老いると赤ちゃんに戻って行くということを聞くことがある。
ハイハイから歩けるようになって走れるようになって、、、から折り返して戻っていく、
離乳食から固形物を食べるようになって、食欲がぐんぐん増して、、、から折り返して戻っていく、
そんな感じで考えると、母はちょうどいま20代くらいに巻き戻っている状態なのかもしれない。

そんなことを母に話すと
「え!じゃ、わたしあと20年生きるの?!、、、長すぎるわー!」と言って笑った。
それから、こんなことを宣言するように言った。
わたしは折り返さないわ。
歩けなくなるとか、食べれなくなるとか、嫌だもの。
日課にしているウォーキングだって、来た道を戻るんじゃつまらないから、天気とか季節とかでコースは変えてるのよ。
折り返すんじゃなくて、好きなように歩いて、ってそんな感じのが楽しいのよ。

たしかに。と思った。
わたしはこの母から生まれたのだと思うと、なんだか非常に恵まれた気持ちになることが大人になってよくある。

わたしが中学生くらいの頃、家族で回転寿司に行き席が空くのを待っている時のことを思い出した。
カウンター席に腰の曲がった小さなおばあさんがひとりで食事をしていた。
80歳はゆうに超えているように見えた。手押し車も側に置いてあった。
回転寿司と言えど、レーンの内側で握ってくれるスタイルのお店だったのだが、おばあさんは何かをレーンの内側のお兄さんに言うと、お兄さんがネタの種類をいくつか復唱した。
そして「鉄火以外、全部いつものかんじでいいですか」とニッコリすると、おばあさんはうなづいている様子だった。
しばらくすると
「はい、まずこちら!お待ちどうさま」とシャリなしのネタだけ乗ったお皿を差し出した。
おばあさんが両手でお皿を受け取っている姿を見ながら、いろいろ食べたいけどシャリ食べたらお腹いっぱいになっちゃうからなんだろうかと思った。
その後も、シャリなしのネタだけをお兄さんは渡していた。「いつものかんじ」っていうのは、シャリなしってことなんだろう。
だったらお刺身を買って家で食べた方が安上がりなのでは、とも思った。
でも、もしかしたら、こうしてお店に食べに来ることも楽しみのひとつで、着替えて髪をとかして、手押し車を押して、なのかもしれないねと、小さな声で母に同意を求めると、ステキよね、と返した。

正直、おいしいものを少しだけ、という年齢になったということで、どこか弱気になっていた部分があったかもしれない。
折り返しにきたのか、というような気持ちもよぎった。
でも、それは違うなと思った。
いま必要なものを、自分が必要なだけ、ということをようやく身体が学習して、ここからまたそれを駆使して生きていく段階が始まるんだな、と思えた。

母然り、あのときのおばあさん然り。

人生を楽しむ先輩は、偉大だ。

折り返さない人生、そういうかんじでいきたいなと思った。

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サミダレ

たわいない日常の中にある、くすっとすることや、ちょっといい話が好き。 書くことも好きだったような気がして、noteを書いてみています。
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