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ベトナム料理屋でのややこしい設定

ひとりでごはんを食べるのが苦手だった。
でも、今年度に入ってから、ちょっとがんばって、ひとりランチやひとりカフェをしてみている。

三男が幼稚園に入って、ようやくそういった時間が持てるようになったのだが、ほんとに最初はひとりで黙って歩くこともままならないわたしだった。
うちの3兄弟は一人目と二人目が3年違い、二人目と三人目が4年違いなので、途中少しない期間もあるが、結果的にずいぶん長いことベビーカーを押して歩いていた。
それから、いちいち
「飛行機だねぇ」
「信号が赤だねぇ」
「このみずたまりは大きいよ!」
なんて言いながら歩いていたものだから、気づけば黙ってひとりで2足歩行をする、ということ自体が嘘みたいにままならなくなっていた。

もともとひとりごはんが得意ではなかった上に、
子どもと公園で水筒のお茶ばかり飲んでる間に、とんと街はおしゃれになっていたりして、
本当のところ、ますます行きづらく感じている。

でも、先日、久しぶりにパートを早めに終えることができて、幼稚園迎えまでに時間ができたとき、ふと以前に夫と行ったことのあるベトナム料理屋さんのフォーとパインミー(バゲットサンドみたいの)が食べたくなった。

なんか、今のわたしは行ける気がする!
ネットで営業日だけ確認していざ向かった。

入り口からは中の様子が見えないが、お店の扉にはOPENの札がかかっている。
店前に自転車も何台かとまっている。
ほどよく混んでいる、といったかんじか。
ちょっとドキドキしながら扉を引くと、店内は満席のように見えた。幸い待っているお客さんはいない。
お店のお姉さんが、わたしがひとりだということを確認して今片付けますね!と声をかけてくれた。
ちょっとホッとしながら、店内で販売している雑貨を目に映した。映っているが脳までは到達してこないその風景を見ながら、設定を考えていた。

設定。
そう、ちょっとめんどくさいのだが、ひとりごはんをする際にはちょっとした設定がいる。そうでないと周りのすべてに五感が働きすぎて、とても食事を楽しむ状況になれないからだ。

ちょうどつい最近、ミャンマーに旅立った友人のことを思った。
その時点で軽く動揺しているので、ミャンマーとベトナムはすっかりごっちゃになっている。
彼女が向こうの語学学校で “マナンジー” というミャンマーネームをつけてもらったというのを思い出そうとしたが、動揺していたので “サレンダー” となってしまっていた。
違う、ということだけは分かっていたが、もうそれは帰ってから確認するということで、とりあえず、友人 “サレンダー” に会いにきた設定にした。

いろいろ間違えているが、そんなことは誰にも気づかれず席に着いた。
メニュー表が以前に来たときより変わっているように見え、そこでまた動揺したがなるべく落ち着いて見た。
“サレンダー” が来てから頼もうかと思ったが、どうやら彼女は学校が長引いており、この店のランチタイムに間に合わないようだ。
食べたかったフォーとパインミー、そして生春巻きもつくセットを選び店員さんにお願いした。MサイズとSサイズどちらにするか聞かれたけれど、おなかを空かせた “サレンダー” が学校の近くのカフェであとでお茶でもしよう、と言うだろうと思いSサイズにしておいた。
“サレンダー” が異国の地でこうしてがんばっているんだなぁと想像し、そのことを誇らしく思いながら料理を待った。

料理がきた。
実に美味しそうだ。
店内に何か音楽が流れていたかは思い出せないが、このあたりから、わたしの脳内には布袋寅泰さんの「サレンダー」がかっこよく流れ始めた。
わかりやすくテンションが上がっている。
そういえば “サレンダー” はこの歌知っているだろうか。意味はよく分からないが、かっこいい歌になっているよと教えてあげようと思いながら料理を食べた。
パインミーに使っているバゲットが最高に美味しくて、パテとの相性の良さに元気が湧いた。

厨房に向かって心の中で 「ありがとう!」とメッセージを送ったとき、お店がなかなか忙しい状態であることに気づいた。
わたしが着席した後にも何組かお客さんが来ていて、店内には待ってはいないもののもしかしたら外で待っている方がいるのかもしれないという気がした。
フォーのスープを飲み干してしまいたいほどだったけど、最後にひとくちいただいて、お茶を飲んでから席をたった。
“サレンダー” もそろそろ学校が終わる頃だ。

お会計をしようと向かうと、お姉さんが「いつもありがとうございます」とわたしに言った。
ぬ!おそらく約1年ぶりに来たけれど、誰かと間違えているのだろうか。
動揺して設定と現実がごちゃごちゃになりながら、お支払いをし、満足でしたありがとう、の気持ちを込めてごちそうさまでしたを言った。
今日はボーダーを着ているから、ボーダーの人にはそう言うことにしてるのかもしれない、などとよくわからない説をたてながら扉を開けると、やはり二組の方が並んで待っていた。

ひとりボーダーの人がいたので、少しハッとしたが、ボーダーにいちいちハッとしていたらもたないだろう、と言い聞かせながらお店を後にした。
“サレンダー” からメールだ。
やはり学校の近くのカフェまで来てもらえるかな、ときたもんだ。

無事、設定を終わらせ、いろいろ満足して幼稚園のお迎えに向かった。

息子は無邪気に、幼稚園の畑にある野菜たちの成長を見てくれと、全部説明つきで案内してくれた。
野菜も成長しているが、君もみるみる成長しているなぁと、まぶしく思いながら、わたし自身の拙い成長に失笑する昼下がりだった。

帰ってから確認したこと。
ミャンマーに行っている友人のミャンマーネームは “マナンジー”。ミャンマー語で「バラ」という意味の名前だった。
ちなみに “サレンダー”。
降伏、降参、堕ちる、放棄する、絶望を受け入れる、とやら。
わたし、設定とはいえ、友人をえらい名前で呼んでしまったな。

とりあえず、
“マナンジー” 、付き合ってくれてありがとう (勝手にだけど)。

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