【書評】池ノ上寛太著 リハビリの結果と責任~絶望に次ぐ絶望、そして再生へ~ 三輪書店 2009

事故直後は、筆者のせん妄状態のような苦しみが書かれていました。僕も、術後せん妄を経験したことがあるので、著者のようなもうろう状態をベッド上で経験したことがあります。その時の記憶は、あとあとまで残り、夢なのか現実なのか境目がつかなくなって非常に苦しみました。
 
それから、いよいよリハビリが始まるのですが、ここではリハビリ技術の格差について書かれています。

担当療法士の違いによって痛みが異なるのは、明らかに療法士の技術の格差の問題だと思います。誰だって痛みは嫌なものです、それを強いるようなリハビリはあってはならず、療法士は常に研鑽に励むべきだと思います。

僕の師匠は「療法士たるもの一生勉強」といつも仰っていました。患者が痛みに苦しむ姿を見て「離床直後だから痛みが出て当然」と考えるのか、「この痛みを減ずるにはどうしたら良いか」と自分の技術に疑問を持って研鑽に励むかは、療法士の技術の分かれ道になることでしょう。

また、痙性と筋力増強訓練についても、「痙性は仕方がない、歩行訓練を諦めるしかない」という考え方は療法士としてはありえないと思います。「痙性を抑えながら筋力増強訓練をするにはどうやったらいいのか」を試行錯誤しなければなりません。筋力がなくなれば患者はたちまち寝たきりになってしまいます。それではリハビリをやっていないことと同じことになります。
 
リハビリの施行は一定時間で区切られているシステムになっており、患者のリハビリを終了したあとには膨大な記録作業が待っています。そんな中で、療法士は自己研鑽する時間とお金を、全て自分で捻出しなければならず、それでも若いうちはいいのですが、療法士も親となり、家庭を持ってくると時間もお金も捻出することが難しくなってくるのもまた事実です。療法士の賃金は決して高いわけでもなく、参加する講習会の費用はかなり高額なものが殆どで、参加をためらってしまうのもよく分かります。私達の頃は病院で講習費を負担してくれていましたが、今では病院にそんな余裕もないでしょう。
 
そんな中、自らの技術を磨くにはどうしたらいいでしょうか?一番、お金がかからず効率的なのは、技術を持った尊敬できる先輩に出会うことでしょう。やはり、尊敬できる先輩から学ぶところは大きいです。若いうちは先輩に恵まれなければ、職場を変えてもいいと思います。療法士にも生活があるのでそんなに簡単にできないことですが、若いうちに研鑽しないといつのまにか自分が技術のない先輩になってしまいます。
 
また、看護師の看護技術や言動についてもでてきますが、これも療法士と同じ構造ではないかと思います。忙しい日々の業務に追われてそれをこなすのに精一杯なのでしょう。その中で時間を割いて自己研鑽に励む看護師がどのくらい居るでしょうか?患者の心の機微まで思いを致すような余裕もなく、ただただ毎日の仕事をこなすのに精一杯なのだと思います。
 
また、医療従事者のコミュニケーションのあり方ですが、これは個々人の性格によるところも大きいと思います。細かいところに気づく人、大雑把な人、冷たい人、優しい人、これは一般社会においても同じではないでしょうか。「医療従事者たるもの、患者の心に寄り添いながら言動には配慮をすること」とはいっても出来る人と出来ない人がいるのは個々の性格によるところも大きいので仕方がないところもあります。
 
著者は敏腕サラリーマンとしてプライドと信念を持ち、日々活躍されていただけに、自分が障害者となってしまった、弱者となってしまった、その健常時との落差を容易に受け入れられなかったところもあると思います。また、それだけに、病院で経験したリハビリ技術や看護技術の格差に対して、受け入れがたいところも少なからずあったのではないでしょうか。それが著者の心の葛藤として何度もでてきます。

障害者になればみな障害の受容という問題に直面し、日々の葛藤と苦しみを経験するのですが、障害受容の問題を真剣に考える療法士が少ないのも事実ではないでしょうか。養成校で習ったように今は〇〇期、今は△△期のようなわけにはいかない。患者それぞれもがき苦しみながら自分が負った障害と相対しています。障害の否認、絶望、抑うつ、新たな生きる希望を見出すまで人それぞれ時間がかかります。医療従事者は忙しい日常の中でも当事者と相対している時間は、障害受容の把握について努めるべきだと思います。それによって、声のかけ方も違ってくるでしょう。
 
この本は療法士にとっては耳の痛い話が多いですが、かーっときて反論したくなるか、それとも、話から自分が得られるものを考えて、患者に信頼される療法士になろうというモチベーションに変換するかで、全く違った本になると思います。
 

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