さんかく

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最近の記事

ナフザール・ナフタの生、または死、あるいはその文字について

 ナフザール・ナフタ、この罪人は、この世のおよそ悪と名のつく行い、窃盗、強盗、強姦、火付け、殺人、その他これらより小さな罪、立ち小便から詐欺博打までを一通り経験していたが、その邪悪には何の意志もなかった。思想もなければ信念もなく、望むことに邪魔であるから、退けるために悪を為すという、悪のうちでも最もみすぼらしいたぐいの悪党であった。この男がついに捕らえられた時、誰もがその死を信じて疑わなかった。  であるから、シャ老がこの男の助命と身元引受を願い出た時に、驚き怨む者は多く居た

    • 「文体の舵をとれ」練習問題

       ここ数週間ばかり「文体の舵をとれ」講評会に参加しており、練習問題としてわずかな文章を書いておりましたので、ここで公開します。大したものではない。 <練習問題①>文はうきうきと 問1 声に出して読むための語りの文  老若男女島の誰もが、その入り江の名を呼びはしない。強いて聞いても答えは戻らず、みな暗い目をして、唇の前で魔除けの印を切る。入り江の波は穏やかであるが、入り江の木々は緑に燃えるが、蟹ややどかりも群れ集うのだが、そこは人間のための場所ではない。見た目は少しも奇態では

      • 怪奇!宇宙を渡る超巨大爆根!

        「あれッ!ねえぞォ!!」  石巻則男は狼狽した。彼の五十二年の人生にわたって黙って常につき従い、ふたりの娘とひとりの息子を設けせしめた珍なる某が、股間のあるべき場所から忽然と姿を消していたのである。  石巻則夫は焦って膝までズボンを下ろし、陰茎が陰に隠れているのではないかと、しげしげと己の裸の足を眺め下ろした。陽根の行方はようとして知れず、ただ寒々しくしょぼしょぼと、白髪交じりの体毛が残るのみだった。  その頃地球から七万光年離れた惑星ーこの世界の生き物たちは惑星に名前を

        • 幼生たちは荒野を目指す

           湖に棲む魚たちは、這い回る四つ足のぬめぬめした連中を、全く下の下の生き物と考えている。泳ぎが下手で鱗もなく、動きは鈍く毒も棘もない。年取った大きな個体はともかく、若い個体なら捕らえて食うのは簡単だ。しかもこのみっともない連中は、見目も悪ければ味も悪い、どうにも歯ごたえも味気もない餌だった。  しかし、ノサップ=タマラだけは別だ。およそ動くものは何でも口に入れる鰻、短気で不機嫌で獰猛な雷魚や、夜毎徘徊し出会うもの全て呑み込む、あのいつも飢えている鯰でさえも、ノサップ=タマラを

        ナフザール・ナフタの生、または死、あるいはその文字について

          仮面の独白 2.病魔の仮面

          (長くむしばむような昼が去り、博物館には再び静寂が訪れた。その夜の収蔵品たちはいつものように眠りを貪りはせず、目を覚まして何やらこそこそと語り合っていた。抱き合う精霊の像は交互に囁きを交わし、トランプをする骸骨の人形は、何千回と繰り返した退屈な賭けを止め、新たな物語を話題にして、久方ぶりに盛り上がった。展示室には期待の気配が満ちていた。しかし獣の仮面は沈黙し、もう語ることはないというように、どこか遠くを眺めていた。)  わたしは病魔の仮面。 (新たに語り始めた木製の仮面は、歪

          仮面の独白 2.病魔の仮面

          仮面の独白 1.獣の仮面

          (博物館の部屋には日が差さない。日光と外気は実に効果的に展示物を傷つけるからだ。従ってこの展示室には、千の真実と万の虚構を曝け出す日光も、あらゆる秘密を陰翳に包み込む月の光も届かない。慈悲深い夜が訪れ、客が去った後になっても、収蔵品たちは仄暗い電灯の光の中にただただ眠り続けていた。ギターはかつての栄光を思って夜泣きし、サバニは波の夢をみて、タプチャプと寝言をつぶやいた。)  ミャオーウ、おれは獣の仮面。 (ひとつの声が展示室に響いた。収蔵品たちは夢を破られ、何事かと声の出処を

          仮面の独白 1.獣の仮面

          お題「鳥」

           その建物はコンクリート造りで、海に面した丘の上に建っていた。目の前の海からパイプが引かれており、建物の中の水槽に新鮮な海水を供給していた。  毎朝人間たちがやってくるたびに、建物は喧騒で満たされた。建物の二階には机がいくつも並んでいて、そこで人間たちは紙を重ねたり撒き散らしたり、紙面に何か汚れをつけたりしていた。一階には海水の満たされた大きな水槽が据えてあり、貝が静かに殻口を開閉して呼吸していた。建物には毎夜遅くまで明かりが灯り、人間たちの話し声は深夜まで絶えることがなかっ

          お題「鳥」

          ツマアカテナガザルの絶滅と再発見

           ポリーはとても不幸そうに見えた。  ポリーは一日のほとんどを同じ場所にうずくまって過ごし、動くときは大儀そうで精力というものが伺えなかった。毛は逆立ってつやがなく、表情は暗く、実際の年齢よりも老け込んで見えた。  彼女を目にした者は、誰もが奇妙な罪悪感を胸に抱いた。来園者は皆彼女の孤独な境遇に対して責のようなものを感じ、足早に檻の前を通り過ぎるのだ。 「世界最後のツマアカテナガザル」  彼女はそういった存在だった。  動物園はこの日、輝かしい知らせに沸いていた。  ツマア

          ツマアカテナガザルの絶滅と再発見

          同人誌「異世界博物学図譜」について

           従容体は洞窟の裂け目から差し込む薄い光を感じながら物思いにふけっていた。 「この物体は本来どういうものなのか?」  今運び込まれたばかりの樹木の破片を体の下に、従容体(と、ここでこの個体を呼ぶのは便宜的な名付けで、スライムは互いを分泌液の臭いで認識している)は思考を巡らせる。表面は隆起し細かい粒子を付着させて苦い味わいである。所々に菌類や昆虫の味が付着しており、食欲を刺激する。内側は層状に繊維が重なっており、粘度の高い液体がにじみ出たところには糖分の気配もある。従容体は生ま

          同人誌「異世界博物学図譜」について

          同人誌「異形都市」より「ラマルクの子」

           幼い頃の少年は動物図鑑を山ほど収集していたものだから、大人たちからは動物好きな子だと思われていた。しかし実際のところ、彼にとって動物とは概念の中の存在であり、生きた動物はドラゴンと同じ程度に遠い存在だった。  少年は体が弱い子で、生まれつき重い病を患っていたから、人生のうちでもっとも生気に溢れている筈の時間を、部屋の中で本を読んで過ごしてきた。地上から隔絶されたマンションの十二階の、ちり一つなく磨き上げられた部屋に閉じ込められている少年には、外の世界に触れる方法といえば、

          同人誌「異形都市」より「ラマルクの子」

          私はパンツ その2

          ※直接的なものではありませんが、暴力的・性的表現があります。あときたない。  トルソが私とズボンを膝まで下ろした。再び腰までたぐりあげられ、ズボンの内部で外光と外気から遮断されてから、私は今回の顛末を二枚の仲間へと報告した。 「今回もあまり出なかった」 「だな」 「困るね」  シャツとズボンが相づちを打った。排便の様子は二枚にもわかっているに違いないが、知覚したこと全てを共有するのが我々の習慣である。元はといえば、ズボンに覆われて外界を知覚できない私に、二枚が代わる代わる情

          私はパンツ その2

          私はパンツ

           これを読むあなたに感謝する。あなたを私に引き合わせてくれた幸運にも感謝する。  これは私が生まれて初めて記す文章で、そして最後に記す文章でもある。あなたが誰で、いつ、どのようにこの文章に触れることになるのかを、私は知らない。またあなたにとって、この文章が価値を持つかどうかもわからない。ともかく私は何も為さず孤独なまま、終焉へと向かうことに耐えられない。ここに記すのは私の生において重要であったことであり、また私の死においても変わらず重要であることだ。  朝日と共に私は飛び

          私はパンツ