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黄金を運ぶ者たち13 ハッサン①

 香港をたち、僕はクアラルンプール空港第一ターミナルのスターバックスでインド人を待っていた。到着は少し遅れたが問題ないはず、ところがハッサンの部下は現れなかった。
連絡するも返答なし。搭乗開始の案内が始まったため、結局僕は交換なしでシンガポールに向かわざるを得なかった。

 一時間ほどのフライトでシンガポールに到着。そこでタブレットを開くとハッサンからのメッセージが入っていた。
「where are you?」
 すぐにアプリのトークボタンを押そうかと思ったが、今後を考えると自分のイライラをぶつけるわけにもいかないと考えて止めた。
 とはいえ既読スルーはマズかろうと思い
「I just got in Singapore.」
 とだけ打った。

 すると、すぐにアプリの着信があった。
 ちょっと落ち着くべきだと考えスルー。しばらくすると着信音は止まったが、すぐにまた着信音が鳴る。「マジかよ」一人呟いてそれもスルー。しかし、三回目の着信には僕も出ざるを得なかった。
「モシモシ。ナンデデナイノ!」
 それこそ僕が言いたかった台詞だったが、ハッサンが先に言い、こちらが守勢に回ることになってしまった。電話に出なかったことを詫びながら話しを聞くと今日のインド密輸が突如キャンセルになってしまったとのこと。

 それならそれでクアラルンプールにいた頃でも連絡くれれば良かったのに。とは言えない。勢いそうなってしまった。彼が伝えたかったのは、香港と違って、シンガポールは現金はもちろん金塊持ち込むには申告が必要で、下手したら没収だから、シンガポール入国する前に税関に行って相談すれば、保管してもらえるだろう。こっそり持ち込もうとしてはいけないという話だった。

 その程度のことは想定していたことで、老婆心はありがたいのだが、クアラルンプールでこちらから何度も連絡したのになしのつぶてだったことは、存在しない出来事になってしまった。ちょっとした行き違いがあっただけの話なのだが、今思えば、これがその先始まるインド人とのバトルの初戦だった。

 事前のリサーチ通り、チャンギ空港の入国手続き前のエリアには、荷物預けがあり、簡単に荷物を預けることができた。税関の世話になることもない。入国手続きを終えてタクシーに乗り、運転手に住所を伝えて、彼のオフィスのあるクラークキーへ向かう。

 僕がシンガポールに降りたのは二〇年ぶり、車窓から見えるガーデンバイザベイやマリーナベイサンズに驚かれずにはいられず、運転手は自慢げに笑っていた。

 オフィスのビルに着くと運転手は端数はいらないよと、タクシーメーターより安く降ろしてくれた。その後アジア諸国を巡ることになるが、タクシー料金で揉めなかったのはシンガポールと台北だけだった。

 エスカレーターを上がり、少し奥に入った所にハッサンのオフィスはあった。少し緊張してドアを開ける。すると初老で小柄なインド人が満面の笑みで僕を迎えた。
「オー!マッテタヨー。ヨクキタネ!」

 クアラルンプールで行き違いはあったが、こうも喜ばしく迎えられると、こちらも心底嬉しくなってしまう。
「マズ、ナニカ、タベニイキマショウ。ナニガスキデスカ?」

 イントネーションこそ微妙ではあるが、彼の日本語は流暢というに十分で、日本人の感覚もわかっていそうで、安心感があった。

次話 ハッサン②

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