見出し画像

黄金を運ぶ者たち13 ハッサン②

 僕らはオフィス近くのバナナリーフというインド料理店に入った。スパイスの香りが食欲をそそる。カレーのチョイスはハッサンに任せ、ドリンクのオーダーとなったが、明日早いこともあり、アルコールは避けて、折角だしラッシーを注文する。ハッサンがそこで考える仕草をしたので、僕は機嫌を損ねたかなと一瞬焦り、取り繕うように言った。

「ごめんなさい。ハッサンとの出会に乾杯。とビールでも飲みたいですが、まだ祝福あげるような仕事の結果が出ていませんし、明日早いので、飲むのは次回で」

 それに対し、ハッサンは腕を組んで、僕を品定めするように見ながら、今日の宿泊先を聞いてきた。
「オフィスの近くのドミトリーが安かったから、そこに予約してます」

 寝るだけのために浪費するのは勿体無いし、久しぶりのドミトリー1泊が愉しみでもあった。
「サナダは、コレまでウチにゴールドをかいにキタニホンジンとは、チガウネ、カレラはイイホテルにトマッて、カジノへいって、ノミにいって、シゴトにキテるんだが、アソビにキテるんだか、ワカラナイ」

 ハッサンはやや不満げにそう言った。彼は内容が何であれ仕事には真面目に取り組むべきだという点では、まっとうな人間らしい。
「でも、彼らが不真面目で、僕が真面目というわけではないですよ。僕は豪華なホテルで一人で過ごすより、ドミトリーで賑やかに話すのが好きだし、豪勢なディナーより、屋台でその土地のものを食べるのが好きというだけですよ」
「ゼイタクがキライなのですか?」

 ジョーといいハッサンといい、イメージ通りの犯罪者らしからぬ、禅問答のような話が好きなのかとも思ったが、僕の人間性を試しているのかもしれない。この時はジョーと話した時のように浮かれておらず、僕は慎重に言葉を選んだ。

「贅沢は人によって違いますからね。僕にとってはこうして仕事でシンガポールに来て、あなたのようなビジネスマンと食事をしながら商売の話をする。それがまたゴールドという内容で、こんなにワクワクできる体験をしているだけで贅沢ですよ」
「シゴトがスキなの?」
「働くのは好きですね」

 ハッサンが意外そうな顔をした。ハッサンの元で買付けを行った日本人は、おそらく彼を単なる購入相手としかみなさず「楽して稼ぎたい」という生臭さを全く隠そうとしなかったのかもしれない

「もちろんあんまり働きすぎると、それはそれで麻薬のようなもので、感受性が磨耗し心にも体にも良くないでしょうけど。ちょっと前までの自分はそんな状態でしたが、この仕事に救われました」
あまりにも模範解答過ぎて真面目過ぎると受け止められても困るので、僕はやや砕けた口調でそう言った。

「スクワレタ?」
「ええ。働いて働いて、心も体も疲れて、感謝の気持ちもなくなり、ただロボットのように働いて壊れたんですが、一〇万円もらって海外旅行して、密輸というスリルを味わって、ふと我に返る余裕が出来たわけですよ。同じような境遇の日本人も多いので、この仕事を通じてそういう人の力になれたらなあとは思います」

 ここでハッサンは少し険しい顔になった。僕の話がちょっと偉そうに聞こえたのかもしれない。
「サナダはアマい。このシゴトでヨユウができて、レイセイになれたのは、サナダにチエがあったからで、フツーはラクしてカセグことに甘えて、ロウヒして、コトバはモンクだけになる」

 彼の気分を害したかとも思ったが、厳しい台詞にもかかわらず、彼の目つきは緩んで和やかな表情だった。
「確かに、そうかもしれないですね。でもやってみます」
 そこまで真剣な口調で話すと、ハッサンは笑った。

「アナタオモシロイね。ジョーがイッタトオリダ。シンガポールでテツダエルことがアッタら、ナンデもイッテクダサイ」

「そうだなぁ。僕は日本にもう運べないから、インドに運んで利益になるんだったらやってみたい」 
「オー!グッドアイデアね。ニホンジンならノーマーク。ジュンビしますから、ジカンクダサイ」

 僕は冗談でそう言ってみたし、ハッサンも微笑んではいたが、眼鏡の奥で、彼の目は真剣そのものだ。僕は彼の本気を感じて思わず唾を飲み込んだ。

 そして一時間ほど歓談し、ハッサンと堅い握手をして、僕は宿泊先へ向かった。もう夜の一〇時を回っていたが、話しの途中でハッサンが宿泊先に電話を入れてくれたので、心配はなかった。彼が電話をしたのは、親切心というより、僕が嘘をついてないかの確認だったようにも思える。
 
 翌朝目覚めると既に六時を回っていた。
(ヤバイ!寝坊した!)
 慌ただしく安宿を出ると一台のタクシーが停まっているではないか。これは運が良い。しかしそれは運ではなかった。
 タクシーから降りたのは、見知った女性。
「大崎…できる女は違うなあ」
「真田さんのことだから、寝坊でもするだろうと思って、迎えに来ましたよ」
 彼女はアクビをしながらそう言った。
「全く、お前のようなエリートが、こんなことにクビ突っ込むとは、世も末だね」
「あら、真田さんだって、もともとたいしたエリートでしょ。その人が、私より先にこんなことになってるんですから、とっくに世も末ですよ」

 いやはや、たいした人選である。これならば抜かりはあるまい。僕はアタマを掻きながら、彼女に促されタクシーに乗った。隣りに彼女が座る。
「夜明けのタクシーに男女二人ってのも、なんだかエロいな」
「あら、それセクハラ」
 それから、二人で大笑いした。
 僕らは空港に向かった

次話 初めの三人その後①

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?