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ただの仕事

とにかく通訳の仕事が好きでたまらない。フリーランスなので「仕事が無ければ失業中」と自虐的に言うことはあれども、好奇心を満たしてくれるこの業種。巡り合えて本当に幸せだと思っている。

とはいえ、いつも順風満帆ではない。未知の話題満載の国際会議同通を仰せつかった時など、緊張で心拍数が上がる。私の場合、胃が痛くなったり食欲不振になることは無い。が、常に心臓はバクバク状態。当日までは、宮沢賢治のごとくオロオロしてしまう。あれもやらねば、これも予習しなければと焦る。

性格柄、完璧を求めすぎるのだろう。では「適当に手を抜けば良いか」と言えば、そうもいかない。「予習したけど本番で出てこなかった」より、「予習しないのに出た」という方がとてつもなく恐ろしいからだ。よって、あちこちへと無限大に手を広げ過ぎて、くたくたになる。それでも、本番で少しでもそれらが役に立てば幸せな気持ちでいっぱいになる。

世の中の「働き方改革」という言葉を受けて、私自身、もう少し予習における緩急をつけて体力温存を図るべきかと考えたこともある。なぜなら20代のころのような踏ん張りがきかなくなってきたから。同じエネルギーを投じたとて、体力には限界があるのだ。

先日読んだ日経のスポーツ記事に励まされた。全仏オープン女子シングルスで優勝したポーランドのイガ・シフィオンテク選手のインタビュー。彼女は、模範とするナダル選手に以下のことばをかけられたことがあるそうだ。

「ただのテニスの試合。勝つこともあれば負けることもある。普通のことだよ」

ナダルの強さ。それは一喜一憂しない態度。そこからシフィオンテク選手は勇気をもらったとのこと。

翻って私の仕事はどうだろう。トータルで見た人生には、様々なことがつきものだ。仕事は人生の大きな部分を占めこそすれ、その一部に過ぎないとも言える。ゆえに良い意味でも「ただの仕事」と割り切り、自分がくたびれない範囲で付き合っていくのも大事だと思う。

(日本経済新聞2022年6月6日月曜日朝刊)

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