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「産地の学校」誕生背景

いつからか、連続講義であったりオンラインサロンであったり、さまざまな形の「学ぶ場」が日本各地に誕生するようになりました。価値観や生き方がこれだけ多様化して、多くの方がきっと同じようなタイミングで、学ぶ場への新しいアプローチの必要性を感じたのだと思います。

「産地の学校」も既存の学ぶ場を否定するわけでなく、時代がコツコツと動く中で新しいニーズが大きくなって、その声との対話を重ねていった結果、「産地の学校」というものが少しずつかたどられてきました。

「産地の学校ってなんだ?」と疑問を持ってくれた方のために、「産地の学校」が生まれた 1.経緯、2.内容、3.目標についてを、このエントリーにまとめたいと思います。

0.筆者自己紹介

産地の学校を運営する「株式会社糸編」の代表の宮浦と申します。冒頭で書いた「新しい学び場の必要性」は、僕自身の体験にもあって、高校卒業後、服飾の勉強をしていたのですが、所属する学校では求めていることの100%を満たすことができず、縫製工場でアルバイトさせてもらったり、「繊維研究会」というコミュニティに浸かってみたり、外での活動でその溝を埋めようとしていたときに、「coconogacco」という独立系ファッションスクールが誕生して、参加しました。おおよそ10年前。そこには当時の僕が根っこから求めていたものがあり、最高にエキサイティングな空間でした。

その後、服飾学校をギリギリ卒業して、三喜商事という商社の奨学金を元に渡英、ロンドンの大学に所属しました。生産性は低い日々でしたが、ヨーロッパのメゾン関係者がこぞって日本のテキスタイルを絶賛して、「パリコレクションに出ているブランドの多くが日本の素材を取り入れている」という話を聞いたり、留学中に日本の産地、日本のテキスタイルへの興味が沸いていきました。学校の先生が「あなたが生まれた日本は世界一の素材の国だ」という言葉もパンチがあったけど、クラブで出会ったどこかの誰かわからない男性に、「日本人なの?うちの会社でたくさん素材使ってるよ〜」と言われたのも酔いがさめる瞬間でした。

その頃、八王子にある「みやしん」という有名な(イッセイミヤケをはじめ、さまざまなブランドのクリエーションを支えてきた)機屋さんが廃業するというニュースが流れてきて、社長の宮本さんにお話を聞かせてもらう機会をいただきました。宮本さんのお話を聞いていたら「まず全国の繊維産地に足を運んで、自ら話を聞かないとだめだ。何もはじまらない。」と思い立ち、翌週から日本の繊維産地を取材してまわる生活に入りました。5日間連続で夜行バスに乗るという記録を作ったのはこの頃です。

繊維産地をまわって、取材して、文章を書いて、取材先で気になった素材サンプルを買ったり預かったりしていたら、住んでいた部屋いっぱいになってしまって、それらを並べるスペースが必要となったことが、「セコリ荘」というコミュニティスペースに繋がります。 

1. 経緯

築90年の古民家を改装して、2013年からコミュニティスペース(セコリ荘)を運営してきました。各地の繊維産地で作られるテキスタイルを並べ、同時に最終製品を販売するという昼の顔と、金曜、土曜、日曜の夜だけ、看板も出さないおでん屋さんを開くという夜の顔を持っていました。集まる人のほとんどが紹介かSNSで見つけ飛び込んでくるアグレッシブな人だけ。次第にそこには、デザイナー、生産管理、職人、学生、経営者たちが世代も職種もごちゃ混ぜに集まるようになっていって、アパレル関係者、繊維関係者の割合が多くなっていきました。おでん屋の運営側の僕らも毎晩ビール瓶を盛大に開けながら、集まる人たちといろんなテーマで会話を楽しんでいました。まさにコミュニティスペースでした。

このnoteの冒頭にて...

"既存の学ぶ場を否定するわけでなく、時代が動く中で、新しいニーズが大きくなって、その声との対話を重ねていった結果、「産地の学校」というものが少しずつかたどられてきました。"  と格好つけて書いてますが、実のところは、毎週末おでん屋さんをやっていて、そこに繊維産地に興味を持つアパレル関係者や経営者、学生さんたちが集まってくれるようになって、「発注先の生産背景を知りたい」「産地に行きたい」「アパレルのものづくりをきちんと学びたい」「産地へ就職したいんですけど...」というような声を多く聞くようになって、(ほろ酔いの中で)それなら「こういう形はどうでしょうか」といった具合に、みんなで学べる場を作ろうと始まることになったのです。事務局として一緒に走ってくれている「EVERY DENIM」の山脇さんとも、セコリ荘のコの字のカウンターで出会いました。


2. 内容

たくさんの方の声を聞きながら学校という構想ができてきたわけですが、ギリギリまで「ものづくりの学校」という名前で説明会をしていたり、軸がありませんでした。それも当然、明確なコンセプトがあって、ビジョンがあって、「産地の学校」という事業を固く始動したというより、『興味ある人がまわりにたくさんいるから、早くスタートしよう!みんな待ってるし!』という半ば勢いでスタートを切ったわけです。「産地の魅力、繊維を学ぶ楽しさを、興味のある人に共有したい」という高鳴る気持ちが強かったです。

「産地の学校」の講義内容に関してはぼんやりと見えているけど、「この学校の存在意義はどこにあるのか」、「何が目的なのか」。関係者全員で連日連夜、話し合って詰めていく中で、「ただの学ぶ場でなく、繊維産地の抱えている課題に向かっていく場にしよう」という学校の軸の存在が見えてきました。この期間、産地の職人さん、営業さん、繊維企業の社長さん、OEMの方、デザイナーさん、インターンで来てくれていた学生世代、本当に多くの方々に壁打ちブラッシュアップにご協力いただき、感謝です。

繊維の教科書に書いてあるようなことを編集して講義をやるだけでは、「産地の学校」なんてものが新しくはじまる意味が全くありません。アカデミックというよりストリート、現役・現場の方を講師に招いて、業界の抱える課題を織り交ぜながら、学びを重ねていく。それも効率よく。

そうして生まれたのが、「繊維産地の工場と仕事をする上で必要なこと」という実務の範囲にしぼって、基礎を体系的に学ぶ12講座のプログラム。専門知識というのは深掘りすればするほど、永遠に深く広がるもの。なので、「産地の学校」では繊維企業や職人さんと直接仕事をする上で知っておくべき共通言語であったり生産背景、トラブルを生みやすい落とし穴であったり知っておくと便利なこと、コツ、あるいはマナーとも言えるような領域に焦点を当てることになりました。それらをインプットとして、さらに続くコミュニティである「ラボ」では、その名の通り、学びを深めたり実践に繋げていったり、時には実験的なことをしてみたり、アウトプットにも結びつくプログラムで構成しようとなったわけです。

就職、転職、企画、生産、起業、あらゆるジャンルでも糸偏産業と関わる上で、必要最低限の専門知識や生産背景を知っていることで解像度があがると思います。しかもそれらを効率的に学ぶことが重要です。産地の学校の基礎プログラムは、繊維業界に新しく入る人にとっての窓口を担うこともできると思っています。「まずは産地の学校に行ってみるか」と。

3. 目標

「産地の学校」は2017年5月に開校して3年目に入りました。開校前と変わらず、僕らの周りには「繊維産地に興味がある」という方が多くいます。それは現役学生も社会人、就職希望者もこれから起業される方も、新規事業担当者も含めて。興味があるという方の数は年々増えているようにも感じています。国内で繊維製品を生産するうえで、これからの時代はますます、産地との協業、掛け算の組み合わせが不可欠となっていきます。「国内生産について」しっかり追求していかねばなりません。

今後の「産地の学校」のミッション、下記に箇条書きしてみます。

・僕らが感じている繊維産地の魅力を発信していく
・繊維産業とのさまざまな関わり方を伝えていく
・繊維産地に興味のある方にその魅力と楽しさを体感してもらう
・効率的に、繊維産業・テキスタイルを学べるプログラムをお送りする
・繊維工場と直接やりとり(仕事)ができる人が増えていく
・業界外からの人にとって飛び込みやすい窓口となる
・新規参入事業者にとっても優しく便利な窓口となる
・ミスマッチをしてしまう就職転職事例を減らしていく
・就職転職活動の方にとって、自分に合った産地と出逢えるお手伝い
・ブランド関係者にとって、ブランドに合う生産体制を整える場所
・デザイナーにとって、協同すべく自らに合う国内産地と出逢う場所
・国内生産のポテンシャルを全力活用できる人を増やしていく
・企業内じゃできない(研究や実験や議論)などをする場所
・上記に該当するような、アツくて前向きな方々が集まるコミュニティとなる

なんとなく一番最後を太字にしてみました。人生には良いライバルも良い仲間も必要ですよね、環境って超大事。

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