露風小夜には人生に必要なものが全部詰まっている

露風小夜。

聞いたことがない人が多いのではないだろうか。というか、世の9割9分9厘の人間は聞いたことがないはずだ。

露風小夜は、私がゲームマスターをした、ダブルクロスというTRPGのセッション「虚実無辺の生還者」にて生まれたカップリングである。
この「虚実無辺の生還者」、というのは私の自作シナリオで、その中に出てくる、鏑木小夜(かぶらぎ さよ)、というNPCと、そこにPC、プレイヤーキャラクターとして参加した天草露風(あまくさ ろか)という二人の話なのだが、自分で書いた話ながら、無茶苦茶良かった。

知らない人のために超絶雑に解説すると、ダブルクロスというのは、現代日本を舞台にした特殊能力でドンパチするゲームである。
ここからは、本編において露風小夜にどういう話があったか説明していこうと思うのだが、一応ネタバレが含まれるので(今後本編を公開する機会はないとは思うが)注意だけはしておく。
今回のシナリオで、鏑木小夜と天草露風は相棒だったが、敵の策略により化け物と化そうとする小夜が、露風に頼んで殺してもらう、という過去からスタートする。露風は、小夜を殺してしまったことでふさぎ込んでいたが、そこに、シナリオ冒頭で、鏑木小夜と瓜二つの少女が現れる。彼女は、人の記憶を読むらしい。死んだはずの小夜、自分が殺した小夜が、生き返るはずがない。しかし、対峙する彼女の姿は、想像以上に鏑木小夜だった。彼女は露風の記憶を読むと、小夜としての記憶を取り戻したかのようなそぶりを見せつつも、闇へと消えていく。数時間後、露風に電話がかかってくる。着信は「鏑木小夜」からだった。「ウチのことはもう忘れて」「ウチはもう偽物やから」と、割と一方的に話して小夜は電話を切る。その後、黒幕の正体が、小夜の父、鏑木重蔵であり、小夜を生き返らせるために、いろいろとやっていたことが明らかになる。鏑木重蔵との戦いで、プレイヤーたちは、各々の大切な人のコピーと戦わされることとなる。コピーたちに「大切な人」の記憶を与えるため、父・重蔵の妄執を断ち切るため、小夜は、露風の刃に身をゆだねて、死んでいった。その後、露風と仲間たちは、重蔵を倒すが、重蔵は、小夜を生き返らせる手段があるという。自分は小夜のことを考えずに小夜を生かしたが、小夜は君のことをずっと考えていた、もし君が望むなら、小夜はまだ生きられる。そう語る重蔵は蘇生手段である情報の入った小瓶を、露風に手渡し、息絶えた。結果、露風は、小夜を生き返らせることを選んだ。
と、一息に書いたがざっと説明するとこんな感じである。

さて、自分で書いた、やりたかったことを全部詰め込んだシナリオで、しかも露風としてプレイした新那さんというプレイヤーは、無茶苦茶いいロールプレイをしてくれたので、私はそれだけでも十分満足していたのだが、セッション終了後、なんと

爆弾が投下された。

これは、先ほど述べた新那さんが執筆してくれた、露風視点の心情を補完した小説である。
これを読んだ時、私は、言語野が焼き切れて15分ほどあ行しかしゃべれなくなった。ツイッターですらまともな言葉を喋れていなかった。嘘だと思うなら見てきてほしい、ほんとだから
何が素晴らしいって、露風のゲロ重い感情が全部乗せされているのである。偽物だと、そう思っても縋ってしまう彼女の感情が津波の如く襲ってきた。私が、露風小夜露風小夜と呪文のように唱えだしたのはここが原点である。
これを受けて私は、ここまでのものをお出しされたなら仕方ない、書かねばなるまいと思い立ち、小夜視点の小説を書いた。

それがこれである。
私はまあ正直、もともと小夜についてそこまで深く考えていたわけではなかった。それで私も珍しく頭を働かせることにして、少々考えてみたのだが。

こいつもさては大概重たいな???

うん、まあ死が絡む話が軽いということはないのだがそういうことではなく。この女、自分が1回死んだあと、考えることが全部露風のことである。露風はどうしているだろうか。自分を殺させたせいで、責任を感じているのではないか。笑えないのではないか。
思いの外お互いに重い感情を抱える百合に、私は興奮を禁じえなかった。というか、重たい百合が嫌いな人類とかいるの?おらんやろ。
私は、クソデカ感情を抱える二人の視点が描かれて、確かな満足を覚え、それでも、まあこれで頭打ちだろうと、また油断していた。
そう。

次弾は装填済みだったのである。
この新那という男、仕事がバチバチに早い。ここまで24時間以内である。おかしくない?
今回は、時系列的には、一番最初に小夜が死んだあと、ふさぎ込んでいた頃の話である。小夜の残した面影を捨てきれず、苦悩しつつも、なんとか前を向こうとしている、そんな露風の姿が描かれている、のだが。
よく考えてほしい。前回の「たった二文字で貴女を呼べない」は、偽物だと切り捨てられず、結局小夜を選び、内心ずっと冷静ではいられない、そういう露風の話だったのだ。
そう、この女、未練タラタラである。今作ラストでは「きっと大丈夫」などと言っているが全く大丈夫ではない。全然一人で歩けていけないのである。
これを読んで私は、歓喜した。持病の腰痛肩こり癪とあとついでに癌も治った。
わあ、大丈夫って言っておきながら一切大丈夫じゃない女!私、大丈夫って言っておきながら一切大丈夫じゃない女大好き!という状態である。
この男、投稿順まで駆使して心を刺してくる。策士である。
さて、ここまでの流れから、なんとなく気づいている人は気づいているだろう。

まだある。
今回はなんと大増3394文字、劇場版である。ここまでくると短編と言ってもいいのかだんだんと怪しくなってきた。本人も言っている通り、劇場版。スケールが段違いである。巨大な敵との戦闘、無茶苦茶な作戦、そして締めの名前呼びである。
3ページ目までの爆発的な暴れっぷりから4ページ目では露風小夜の濃厚なイチャイチャを見せつけられる。名前呼びのためにあわや市1つが滅ぶところであった。危ない危ない。
そして、ここで注目してほしいのは、派手なアクションや名前呼びによる関係の進展だけでなく、露風の内面で起きた変化である。
今まで、小夜に手を引かれるだけだった露風が、小夜の隣に立とうとする。すなわち、対等に、小夜に支えられなくても、引っ張ってもらわなくても、共に歩める者になろうとする、露風の決意が、ここで示されている。
お父さん、露風が立派に成長して嬉しいよ。
この「手を引く」という動作は、実はこの二人の関係において重要な要素となっているので今後も注目していきたい。
今後も、といった通り当然、

まだあるのだ。
今回は、本人曰くインフィニティウォー、ということらしい。(「風の吹く夜に。」のことはエンドゲームと呼んでいた。)あまり言うと、アヴェンジャーズの方のネタバレになるので言わないが、要するに曇らせ回である。
前回あれだけ盛り上がって、進展し、成長したというのに、これである。大体なんでエンドゲームの後にインフィニティウォーを出すんだ、殺す気か。情緒がジェットコースターというかフリーフォール状態である。
時系列としては、最初に小夜を亡くして間もない頃の露風が描かれている。小夜の遺言、これは本編で使われた言葉がそのまま使われているのだが、私は、小夜が露風を気遣って、気負わぬよう、責任を感じぬよう、喋るセリフを考えたはずだったのだが、全部裏目である。
この女、気遣いで述べた言葉を、そうなんだろうと気づいた上で、それでも前向きに捉えられない。それぐらい、小夜がいなくなったこと、殺したことで精神がまいっている、ということなのであろうが、これは中々に酷い。こんなん小夜が見たら吐くぞ。
劇場版でさんざんイチャイチャを見せつけてからのこの叩き落とし方。明らかに人の心がない。
俺はつらい!耐えられない!と鬼と化した私は、なんとかダメージを緩和しようと筆をとったのだが、私が描き終えるよりも先に、皆を絶望の淵に立たせたことを後悔したのか、人の心を取り戻したのか、すぐに次作が公開された。

これがそれ、「わからない」である。
これは、時系列が明確には分からない。名前を呼ぶシーンもなく、1度目や2度目の小夜に言及する描写も見られないので、本当にどこに挟まるのかわからない話ではあるのだが、それでもいいと言える。なぜなら、この話では、ずっと変わらない露風から小夜への思いが綴られているからだ。
自分は普通になれない、と断じていた露風を小夜が「普通」に引き込んだ。普通へと引っ張ってくれる、普通を実感させてくれる存在として、小夜が描かれている。
さらに、ラストの言葉で表れているのは、小夜への信頼である。おそらく、小夜はなぜ露風が自分に好意的なのか、分かっていないだろう。普通であることを、普通に体現できる少女、だからこそ露風から好意を向けられる理由は分からないし、そういうところが、好きなのだ。
なんて濃厚な露風小夜…!作者でなければ即死だったし作者も即死だったごめん俺死んだ。
砂漠に降る雨の如く、ドライアイに差す目薬のように、枯れ果てた心にじんわりとしみ込んでくる一作に、作者も死を禁じえなかったのである。
そういえば、さっき私も筆をとったと言っていたがそっちはどうなったのかって?

地獄ができた。
最初は、心を癒すためにイチャイチャ看病イベントを書こうと思っていたのだ。でも、気づけば、謎のモノローグが生え、母親の過去が生え、しまいにはワスレナグサを渡すことに。
どうしてこんなことになってしまったんだ。これにはウルトラの星も困惑である。
最初に考えたのは、遺言についてだ。これから死ぬ者が、看取る相手の幸せを考えるなら、忘れてもらうのが一番のはずである。でも、小夜は生き返ってしまった。死を知ってしまった。自分が存在しなくなる恐怖を、大切な誰かにもう会えなくなる絶望を、体験してしまった。そんな彼女は、もう心から「忘れてくれ」と願うことはできない。相手の幸せだけを一心に祈ることはできない。だから、気づかないでと祈りながら、でも少しのきっかけで気づいてしまえるくらいに、そっと、呪いをかけた。それが、彼女にできる、最大限の自己主張。
書いていて辛くなってきたのでそろそろやめたいと思うが、こんなものを自分で何度も読み返しながら書いていたものだから、書いている最中は完成させねばと思っているからまだしも、完成して投稿してからは、自分の書いたものでスリップダメージを受け続けるという、迂遠すぎる自傷行為をすることになってしまった。心を癒すとか言っておいて、本当に何を考えてこんな文章をしたためたのかわからないが、作者にわからないんだからわかるはずもない。
この頃には、「わからない」で人の心を取り戻したせいで余計にメンタルがボロボロになってしまった。冷水と熱湯に交互に沈められている気分である。わしゃおひたしじゃねえんだぞ。何?熱湯を用意したのは私?
これにて完全におかしくなってしまった私は、あまりの辛さに欲望が駄々洩れになってしまった。
以下は、私のツイートからの抜粋である。
「おれは…小夜が露風と一緒に幸せになればって、そう、思って…」
「一旦スケベな露風小夜を摂取しないと死んでしまう」
「押し倒さないかな」「してくれねぇかな」
ここでもう一度思い出してほしいのだが、これはTRPGのシナリオで1回出てきただけのキャラ達の話なのである。セッション当日からすでに5日が経とうとしているにも関わらず、こんな状態なのである。一般の方たちが思っている通り、頭がおかしい。
こうして、完全に情緒が崩壊してしまった私の前に、ようやく、と言っても24時間経たずに差し伸べられた救いの手が現れた。

最終回である。

言葉は……もう……いらない。
二人が……幸せなら……それで…。
と、いうのは簡単だが、この感動を可及的速やかに最大多数に伝えたいと思ったからこんなクソ長お気持ちnoteを書いているのだ。しっかりと言葉で語ることにしよう。
まず、一つ言いたいのは、「絶対に小夜から手を出すことはなかった」という話である。小夜は、距離が近い。「わからない」でも語られたが、初対面から手を握ってくるぐらいには距離間のおかしい女である。でも、これだけは確かに言えるが、絶っっっっっっっっっっっっっっ対に手を出せない。ハグをしても体重をかけない、かけられない。それだけ距離が近いと変わらんだろうという気もするが、そこは彼女にとって、絶対に超えられない一線だったのである。露風のとなりにいられるのがうれしくて、ずっと一緒にいたいと願うけれど、それは自分のエゴかもしれない、結局自分はただの偽物なのかもしれない、という不安が彼女の足を止めさせるのだ。でも、露風の「一緒に生きてほしい」という言葉は、彼女が、偽物だとか死者だとかそういうことを一切切り捨てて、今のあなたを見ている、とそう言っていたのである。それは、普通なら生き方を縛る呪いと言えるのかもしれない。だが、彼女にとってはその呪いを受けることこそが、唯一の救いだったのである。
これは、小夜が本物であるからこそ受けられる呪いなのだから。

次に言いたいのは、「露風から手を握った」ということである。これ、実は重要な意味がある。「風の吹く夜に。」の際も言ったが、この「手を握る」という動作には、この二人の関係が端的に表されているのだ。握るのはずっと小夜からだった。それは、小夜が露風を引っ張る必要があったからである。自分を普通と思えない露風を、小夜が普通まで押し上げる必要があったからである。そして、「風の吹く夜に。」において、対等に並び立ち、小夜の隣で共に歩いて行けるものになる。それを踏まえての今回なのである。
それは、小夜も弱いものだと知ったから。小夜も「普通」になろうと苦しんでいることを知ったから。だから今度は私から、と露風が、小夜の手を引ける存在になったということなのだ。
「わからない」で、手を引かれる喜びを描き、「真昼に風一つ」と「深い夜に」で、一人で歩こうとする姿を描き、「たった二文字で貴女を呼べない。」で、それでもあなたと歩きたいと叫び、「風の吹く夜に。」で小夜と並び立って、「三度、ようやく」にて、小夜の手を引いて歩けたのだ。
今までの作品すべてを尽くして描かれた、二人の歩みの変遷がここにはあった。これには、本当に感服の意を示したい。

と、ここまで語ったうえで、語りたいことはまだまだあるのだが、すでに最終回の文字数を大幅に超えている。外野の感想ほど、当事者にとって野暮なものはない。今回は、このあたりで筆をおさめることとしよう。
最後に、セッションに参加し、物語を始めさせてくれたプレイヤー4名皆に感謝を。
露風を生み出し、小夜と絡み、あまたの幻覚を生み出してくれた新那さんに感謝を。


P.S.
このシナリオはキャンペーンなので第2話が存在します。
にも関わらず露風小夜は最終回を迎えてしまいました。
もうどうしたらいいかわかりません。
作者より。

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