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椎名林檎について思うこと

椎名林檎というのは私にとって特別な名前だ。高校時代、電車で通学するときのBGMは7割が『無罪モラトリアム』『勝訴ストリップ』『カルキ』あるいは東京事変の『大人』だった。椎名林檎のかすれたような歌声や醒めていながらもどこか切実に、切羽詰まって生きているような歌詞が好きだった。

個人的な思い出を置いておいても、ゼロ年代を代表する女性歌手といえば、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、椎名林檎の三人が思いつくし。誤解を恐れずに言えばこの中でもっとも安定的な活動を続けてきたのが椎名林檎だろう。

京成線の中でウォークマンに入れた椎名林檎の曲を聴きながら高校に通っていた頃から10年がたった今、彼女の曲を思い出したように聞くと、高校時代とは少し違った印象を受けるのでここで言語化を試みたいと思う。

椎名林檎とはいかなる芸術家なのか

椎名林檎の初期のヒット曲はべったりと絡みつくような恋愛ソングが中心で、本人も病んでいるような奇矯な発言を繰り返していた。「ここでキスして」「本能」「ギプス」。作風を確立した「罪と罰」で椎名林檎は巻き舌とかすれたような声で歌う。

「不穏な悲鳴を愛さないで
 未来等 見ないで
 確信できる 現在(いま)だけ 重ねて
 あたしの名前をちゃんと呼んで
 身体を触って
 必要なのは 是だけ 認めて」

実際にはどうであれ、このころの椎名林檎は明らかに「病んでいる」イメージがあった。90年代は自分で「新宿系自粛自演屋」を名乗って名刺を配っていたというエピソードもある。このようなキャラもあって、当時の椎名林檎のファンはどちらかと言うとクラスで目立たなくて鬱屈したものを抱えている女子高生だった。このころの椎名林檎はカルトヒロインであり、28歳で死ぬのではないかと言われるような存在だった。

 一方で、2018年に聞き直すと、なんと言うか。このころの曲のいくつかに人工的なものを感じるのも確かだ。初期のヒット作の一つ「歌舞伎町の女王」の昭和の東映映画のような歌詞や、明治文語文もどきで書かれた「迷彩」などもかなり外連味があって、印象派的なアーティストとは異なった職人的なものがある。

職人作家としての椎名林檎

その傾向は年を経ると一層はっきりする。東京事変という日本随一のバンドを結成し、大成功を納め、6年ぶりにソロアルバムを発売する。彼女の各音楽は一貫してメロディアスで、構築的な世界を作り出すが、決してオーディエンスの手の届かないところへ行ってしまうことはない。彼女ははっきりと自分が「天才」ではなく、オーディエンスに向けた、同様に凡人であるオーディエンスが理解できる音楽を作っていると自己定義している。象徴的なのが2014年の西加奈子との対談での言葉である。

「なんでファースト(アルバム)みたいなのもう作れなくなっちゃったのかな?」とか言われると、「なるほどね」、と思う。そして、「じゃあ次はそう思ってる人でも、『きたー』って思ってもらえるようなものをお作りしてお届けできるよう段取りしよう」って思うんです

これに対し、西は「自分の中から、ワーっと出てきたものではなく、こうしようと、ああしようと考えて、この(椎名林檎の)曲ができるんだ」と驚く。それに対して椎名林檎は以下のように答えている。

本当にかっこいいのは、アーティスティックな「降りてきてしまった」みたいな人じゃないですか。「見える?この幻?、見える人だけと一緒にいたいの」みたいな。20代の頃はそういうのを演じようと思っていたけど、私は(そんな人とは)違うのに頑張りすぎたな」と思って。

限られた人しか理解できないものを生む、限られた人だけを熱狂させる、天賦の感覚をそのまま出力したような「天才アーティスト」性は椎名林檎にはない。その代わり、精密な計算に基づく世界観の構築こそが、歌手、椎名林檎の本質ではないだろうか。W杯のテーマ曲やオリンピックの演出にがっかりしている昔ながらのファンもいるだろうが。私からするとあまり違和感はなく、むしろ、こういった制限のある依頼ものは向いているだろうな、と思った。

終わりに

近年、椎名林檎が国粋主義的なモチーフを作品に使っていることが槍玉に挙げられることがあった。特に近年椎名林檎自身の趣味が変わった訳ではなく「母国情緒」のころから、いや「東京事変」と言うバンド名をつけた頃から、そのような手法を用いてきたのだが、近年の社会的な情勢から注目されるようになったのだろう。ゆずRADWIMPSののものと並べて語られることもあったが、個人的には椎名林檎に関してはあまり心配していない。彼女は戦前イメージをかつてのヤンデレ風の語彙と同じようにパッチワークの材料に使っているだけで、そこに椎名林檎の「本音」は存在しないからだ。最後に「凡才肌」の歌詞を置いておく。

賞讃はヒトを孤独へ追い払う
殺し文句は嫌い
安直だよ
そうあなたとわたしが異なる偏旁(つくり)と云うのは
どんだ間違い
天才等という言葉が突き放す
素知らぬ顔して
冒涜だよ
そうあなたとわたしの何方が変り果てたかを
問い質したい
引用
椎名林檎『罪と罰』(2000)
椎名林檎『凡才肌』(2009)
NHK『SWITCH インタビュー達人たち 椎名林檎×西加奈子』 (20141129日)






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