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谷崎潤一郎『春琴抄』書評

正直なところ、谷崎潤一郎についてはあまり詳しくないし、この作品しか読んだことがない。ただ、初めて読んだときは文学ってすごいなあと小学生並みのな感動を覚えた。

春琴と佐助の関係性は一種のサド・マゾ関係にあるが、この作品、性については意外なほど描写が少ない。ただただ断続的なエピソードによる日常的な関係性にだけ描写の焦点が当てられている、それなのにエロティシズムを感じる。

本作のアマゾンレビューを見てみると、純愛とかSM小説とか言われているが、私自身の感想としてはそのどちらでもないような気がする。恋愛でも性的に倒錯した関係でもなく、二人は好きなのではなく離れられないのだろう。言い換えると、歪んだ二人が、相手なしでは自立できない、よりいびつで不完全な存在に変形してゆく過程がこの物語なのではないだろうか。

春琴のわがままも佐助がいなければある程度矯正されただろうし、佐助も春琴がいなければごく普通の男として一生を終えただろう。結局のところ、互いに出会ってしまったのが運の尽きで、二人とも丸くなることなく奇妙でグロテスクで美しい一生を送ることになったのだ。「人間が生きてゆくことのどうしようもなさ」にたいする妙な哀れみだけが読後の心に残った。

人間の関係の複雑さは単に好き、嫌いでは表せない。人間関係を描写しようと思えば本一冊が出来上がる。

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