わらべうた「おてぶしてぶし」に関する覚書

 この夏、ホラー短編を執筆するにあたり、「おてぶしてぶし」というわらべうたを発掘し、そこに幾らかの着想を得ました。
 Web上にはこの唄の歌詞に関しての情報は非常に少ないです。執筆中に更なる着想を求める目的で、多くの部分が謎のままであるこの唄について少々調べました。その結果を軽く纏めたものが以下になります。発表というものをした経験が殆どないので、まとめ方が悪いことについてはご容赦ください。


登場する単語の意味は?

 Webで検索をかけるとまず出てくるのは上記のサイトである。ここでは非常に鋭い考察が為されている。特に鬼と子供の会話する唄であった可能性というのは大変参考になった。

 それについてはサイトをご覧いただくとして、そこで依然として残されている謎は「まるめる」「いっちょばこ」という単語である。

 上記サイトでも取り上げられているが、レファレンス共同データベースに一件、「いっちょばこ」についての言及がある。そこでは大切にしている箱であるという解釈を載せているが、その根拠となる書籍は学術的な本ではなく、その解釈が、どこまで信用できるのかは不明だった。

 まず、静岡ないし特定の地方で使われる方言ではないかという示唆について調査した。その際にあたってみた書籍は以下である。
 『講座方言学6 中部地方の方言』
 『日本のことばシリーズ 静岡県の言葉』
 『日本語方言辞書』
 『日本方言大辞典』
 『日本方言辞典』
 等。

 「まるめる」が立項されていたのは、『日本語方言辞書』のみだった。記載されていた語義は
➀完成する。作る。
②仕事にまとまりを付ける。事件などを円満に処理する
③心服させる。心から従わせる。
の三つ。
 方言としてではないが、『江戸語辞典 新装普及版』を開いてみると②の意味と同じ記述があった。
 歌詞に登場する「まるめる」については、「②事件などを円満に処理する」という意味が近いと考えられる。現代の「丸く収める」「まるめこむ」といった言い回しがイメージに近いだろう。方言というよりも、そういった古い言い回しではないだろうか。

 一方「いっちょばこ」という項目はどの辞書にもないが、『日本方言大辞典』には「いっちょ【一丁】」が項目としてある。記載のあった語義は以下。
➀一つ。一個。
②一度。
③一勝負。(相撲などの)一番。
④お手玉。
➄おはじき。
⑥相撲(幼児語)。
⑦魚一尾。
⑧酒やしょうゆのひと樽。
⑨豆腐二個。
 「いっしょ(一緒)」、「いっち(一)」、「いっちょー(一調)」といった語と混在しているようだ。
『日本語方言辞書』と『江戸語辞典』には「いっち」という項目があった。いずれも「一番、最上、最も」といった意味が載っていた。

 一丁という部分が助数詞である可能性も考えた。
 つまり、一つの箱といった意味だ。しかし、丁というのは入れ物の形をしたものを指しては使えないのでこれはおかしい。
 一丁箱ではなく「いっちょ」+「おばこ(東北方言で若い娘という意)」が短くなって採譜の際に繋がってしまった、人身売買、あるいは人身御供的な唄である可能性を考えてみたりもしたが、東北方言との関連は見いだせなかった。

 結論としては、「いっちょ(いっちょう)」+箱である可能性が高いように思う。④➄⑧辺りの意味なら通りそうである。つまり、お手玉やおはじき、あるいは酒などを入れた箱ということになる。その時代においては当然大切な箱だろう。
 また、「いっち」+箱が変形したという仮説をとってみても、中身、あるいは箱自体が大切であることは間違いなさそうだ。現代の言葉に近いもので、「一丁前(いっちょまえ、いっちょうまえ)」という言葉があることからも、どちらかといえば立派なものであるというイメージの方が強く思い浮かぶ。
 ただ、現状ではそれ以上の意味を考えることは難しい。

 その後、購入した『日本童謡民謡曲集』『続日本童謡民謡曲集』が届いた(デジタルアーカイブになっていることを知ったのはその直後である……)。該当の箇所を開いたが、特にそれらの単語について注釈は無かった。この曲の採譜者は他にも静岡に伝わる様々な曲を提供していて、歌詞に登場する方言の意味はきちんと註に入れていることから、やはり方言という説は薄そうだ。

 以上のことから、「まるめる」「いっちょばこ」は方言ではなく、単に古い言葉であるという説を唱えたい。「いっちょうばこやるから まるめておくれ」とは「大切な箱をあげるから、我慢してどこかへ行ってくれ」といった解釈が今のところ正しいと考えている。

合流?

 更に調べているうちに、面白い事実を発見した。
 『続 日本民謡童謡曲集』の45年前に出版された『日本歌謡集成 巻12』 30p(国立国会図書館デジタルコレクション)に、神奈川の盆踊唄(?)として一部が同じ歌詞である唄が載っているのである。

 そこでは「てびしよ」(これもまた意味が不明らしい?詳細は分からず)という手節と似た発音の言葉が始めに三回繰り返され、そして「蛇の生焼け」「とかげの刺身」が登場する。更に唐辛子などといった食材が続き、それらを憎い相手に呉れてやりたい、と唄っている。偶然にしては、あまりに前半部が酷似している。

 『珍味を求めて舌が旅をする』にこの唄の成立した背景が書かれている。
 向ヶ崎と三崎という仲の悪い地域同士で唄われたものらしく、憎いやろめ、の部分には向ヶ崎、あるいは三崎という地域名を互いに入れたという。それらの場所は三浦半島の先端であり、静岡が相模湾を挟んだ向かい側にあると考えると、この唄が伝わって変化していてもおかしくはない。
 『日本歌謡集成 巻12』には他にも向ヶ崎を揶揄する唄が収録されていた。「蛇の生焼け 蛙の刺身」という部分はもともとが悪口の唄なのだから、そこに気味の悪さや驚きを覚える人が多いのは納得である。

 しかし、似ているのは前半部だけで、「いっちょばこ」等は全く登場しない。「おてぶし」が存在して「てびしょ」との音韻が類似していたから合流することになったのか、それとも「てびしょ」が「てぶし」へと音韻変化したものなのかは不明だが、後半部は静岡県に元となった唄があったと考えられる。それに神奈川の唄の歌詞を一部取り入れて『続 日本民謡童謡曲集』の形になったのではないだろうか。
 
 本来、静岡に住む人々が「いっちょばこ」でまるく収めたかったこととは何だったのだろう。遥か昔に唄われていた原型がどんなものだったのか、興味は尽きない。

その他余談

どんな遊びをするための唄なのか?

 『続 日本民謡童謡曲集』には採譜者による註に、遊び方が書いてある。

車座となって手を打ち乍らうたふ唄です(三井)

続 日本童謡民謡曲集

 どこにも何かを隠し持つ、子供がそれを当てる、といった表記は一切ない。他の註を見るかぎり、そのような遊び方をするなら書いてくれていてもおかしくないように思うのだが……。ネットで調べて出てくるような遊び方は本来していなかったのだろうか?

 また、方言を調べた際に多くの童謡、民謡が集められた本をそれなりに大きな図書館で探して読んでみた。しかし、「おてぶしてぶし」が載っている本は一冊も見つけられなかったので、遊び方も分からずじまいだった。
 調べれば調べるほど謎な曲である。

まとまらないまとめ

 以上が2,3日程度で調べたこと、分かったことと、残った疑問です。

 結局、大した発見もなく、疑問が増えただけでしたが、調べものをここまでやったのは久しぶりで、なかなか楽しい体験だったのでここに共有したいと思います。童謡というものの奥深さ、複雑な変遷を遂げたであろうその片鱗を垣間見ることができました。

 もしも、「おてぶしてぶし」について詳しい方、資料などを見つけた方がいらっしゃいましたら、コメントに書き込んでいただけると大変うれしく思います。是非、よろしくお願いいたします。

参考文献、リンク

書籍

 『講座方言学6 中部地方の方言』 
 『日本のことばシリーズ 静岡県の言葉』
 『日本語方言辞書』
 『日本方言大辞典』
 『江戸語辞典』
 『東京方言集』
 『続 日本童謡民謡曲集』

国立国会図書館デジタルアーカイブ

 『諸国童謡大全』 https://dl.ndl.go.jp/pid/991944/1/1

 『日本民謡全集』 https://dl.ndl.go.jp/pid/854973/1/1

 『日本民謡全集』 続編https://dl.ndl.go.jp/pid/854974/1/1

 『三崎案内』 https://dl.ndl.go.jp/pid/764406/1/39

 『俚謡集』 https://dl.ndl.go.jp/pid/1882935/1/46

 『珍味を求めて舌が旅をする』 https://dl.ndl.go.jp/pid/982245/1/179


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