さよならの都

もう長いこと憑かれている夢がある。
でもそれももう終わる、終わってしまうのだと思う。

もとは中学の頃に友人が見た夢の話で、私に聞かせてくれたのだった。
なのに何度も繰り返し思い出しているせいで、今ではもう自分が見た夢だったような気さえする。
この頃はもうどこまでが友人の見た夢で、どこからが私が勝手に作り出したものなのかも、よくわからなくなってしまった。

あれからずいぶん時間が経ってしまった。

教室には私たち二人のほかに誰もいなかった。
他の子たちはどこへ行ったのだろう。
体育の授業で外に出たのか。
それとも下校時刻もとうに過ぎた放課後だったのか。
教室のなかはとても静かだった。
私たちは窓際の席に向かい合って座っていたよね。
視界のすみで白いカーテンのすそが微かに揺れているのを感じた。
窓の向こうは曇り空で、景色はぼんやりと白っぽくて、今が何時なのかよくわからなかった。
そうそう、校庭から、野球の球が当たって遠くに飛んでいく時の、カキーンっていう音が聞こえたんだった。
私、あの音がすきだからよく覚えているんだよね。

ふたりきりになれてよかった。
友人には言っておきたかったのだ、行く前にひと言だけ。

「私、さんごのみやこに行かなくっちゃなんだよね」
「なにそれ、なんなの」
「まぁ、そういうことなんで」
「よくわからないけれど、やめといたほうがいいと思うよ」

でも、私は立ち上がって、友人を置いてひとりで教室を出ていってしまう。
友人は私のことを心配そうな顔で見ている。
私はどんな顔をしていたんだろう。

「じゃあね」

私は、教室を出て、どこへ?

「昨夜、変な夢を見たんだよね」
「どんな夢?」
「私たち教室にいて、他の子達は誰もいなくって、二人だけで喋っていたんだけど、**ちゃん、‘‘さんごのみやこ’’に行くとか言ってたよ」
「私が?さんごのみやこ?なにそれ?」
「うーん、よくわからなかったけれど、ぜったいに行かないほうがいいって思った、なんだか怖いかんじがして」
「うんうん」
「でもさ、**ちゃん、ひとりでさっさと教室出ていっちゃってさ。たぶん、そのまま、さんごのみやこに行っちゃったんだと思うんだよね」
「へーえ」

当時、友人はノートに物語を綴っていて、休み時間や放課後になると私に見せてくれていた。私はその時間が本当に楽しみだった。

私は友人みたく何かを書いたりなんてできなかった。小説も全然知らなくて、教科書で読むくらい。
でも友人が話してくれた夢の話の、さんごのみやこっていう言葉は、私にとってたぶん詩だった。
聞いたとき、胸のなかで、ざわざわと不思議な響きが広がっていくのがわかった。それは物語のしっぽみたいなもので、私はそれを捕まえたかったのだと思う。

さんごのみやこってなんなのだろう。
やっぱり「珊瑚」で「都」なのか。
友人が言ってた「怖い」ってどういう意味なのだろう。
教科書にのっていた珊瑚の写真。その乾いた骨みたいな形、白やピンクの色。
静かな海の底。
水が透きとおっていてとても綺麗。
泳いでいるのは見たことのない、名前の知らない魚たち。全く感情が読めない目をしている。
ここは綺麗すぎるし、静かすぎる。
長くいたら身体も心もばらばらに溶けてしまいそうな。
人が住むことはできない場所。
この世ではない場所。

夢の中の私はそこに行きたかったのだろうか。
ちゃんとそこに辿りつけたのだろうか。

中学を卒業して違う高校に進んでも、友人とは連絡を取り合っていた。私たちは週末になると会う約束をして、一緒に食事したり、気になる展覧会へ出かけたりした。私には友人と過ごす時間が必要だった。大学に行っても就職しても、それは変わらなかった。

でも、友人が書いたものを読むということは自然となくなっていた。もともと友人には文章と並行して絵を描く才能もあったから、そちらに移行していったのだと思う。

さんごのみやこについても話すことはなかった。でも私は忘れていなかったし、友人もおそらく忘れていないだろうなということは、話さなくてもなぜだかわかった。

誰もいない教室、
外は曇り空、
白いカーテンが揺れて、
校庭から野球のカキーンって音。

「さんごのみやこに行かなくっちゃなんだよね」
「なにそれ、なんなの」
「まあ、そういうことなんで」
「よくわかんないけれど、やめといたほうがいいって」

思い出してしまうのだ、何度も。

私は思い出すことをやめられなかった。ささくれや口内炎ができると、つい指や舌で触れて傷を確かめてしまうみたいに。するとまた物語が熱を帯びて膨れていくのがわかった。

出産を控えて地元に戻ってきていた友人が、急遽、産婦人科に入院したと聞いたので面会に行ってきた。早産の恐れがあるので、点滴と絶対安静が必要だという。会うまでは友人の様子が心配だったけれど、顔を出したらいつも通りのにこにこ顔で迎えてくれたからほっとした。

産婦人科の個室は、照明も壁紙もいかにも女性向けといったデザインで、可愛らしく暖かみがあり、病室というよりは小綺麗なホテルのようで、くつろいだ気持ちになれた。

友人と会うのは夏以来だった。ベッドに横たわる友人がお腹を見せてくれた。前に会ったときより随分と大きくなっていて、華奢な人だから夏に会ったときはあまり身体の変化はわからなかったけれど、今ははっきりとわかった。あぁお母さんになるのだなぁと思った。

友人とは今まで昼間に会うことが多かったから、夜に、そして産婦人科で、というのはなんだか現実味が薄く、不思議な時間だった。友人は私のnoteを読んでくれていて、そのことについても色々話した。

「ああいう創作活動ってエネルギーがいるでしょ。すごいなって思う。」

「ううん、全然すごくはないよ。自分にとって必要なことだからしているだけ。誰にも必要とされてないのに、いい歳しておかしいよね。勝手にやっているんだよ。」

「それがすごいんだよ。」

「Eだって、イラストを描いたりしてるじゃない。結婚式のウェディングボードとか、あれすごく素敵だったよ。」

「私はもう全然。そういうふうに必要に駆られた時しかできないよ。」

「ところで、“さんごのみやこ”のことどう思う?」

「懐かしい。···なんだか怖い夢だった。」

結局その日は面会時間ぎりぎりまで話し込んで帰った。

その後友人は無事に退院して、1週間経った頃、元気な男の子を産んだ。



(昨夜、夢をみた)

(教室を出て、私はー)

さんごのみやこに行くねって友人に話したあと私は、そうだ、家の人にも言っておいたほうがいいよなって思ったのだった。

それで教室を出てすぐ、家に寄ったのだけれども、中に入りたくないなって思った。それは、お母さんに、何て言えばいいのかわからないし、言ったあとの反応なんかも見たくないなって思ったからだった。

(さんごのみやこ、だなんて)

それで外のポストに手紙を入れておこうと思った。手紙と言ってもルーズリーフの切れ端にひと言、「出かけてきます」だとか、「帰らないけど心配しないでね」とかそんなのを。

書いて、たたんで、ポストに入れとけばいいやって思った。

そして手紙をポストに入れたら、あの、「カタン」っていう小さな音がした。

その「カタン」っていう音を聞いたとき、

私はなんだか急に、恐ろしくなってしまった。

結局手紙は抜き取って、家を出て、めちゃくちゃに走って、でも辿りついたのは結局いつものバス停だった。

私は夕方のバス停に立っていて、でも、待っているバスはなかなかやってこなくて、すっかり夜になって、辺りは真っ暗になってしまって、

あぁもう間に合わない、私は出遅れてしまっていて、すでにバスは出たあとなのだということが、わかった。

(正夢になればいいのにと思ってたのは、いつからだったんだろう)

(正夢になればいいのにと思ってたのは、いつまでだったんだろう)

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