新聞広告を考えるーー倒産する出版社に就職する方法・第68回

こんな反響があるとは思いませんでした。
7月30日に、新刊『交通誘導員ヨレヨレ日記』という本の新聞広告をやりまして。
一面の下に書籍広告が8本の並んでいるスペースがありますよね。あれをサンヤツ(3段8ツ割)といいます。読売新聞にサンヤツ広告したんです。
新聞広告自体はサンヤツも半五段も何回かやっているので、三五館シンシャにとってもそれほど珍しいことではありません。ただ、その反応が思ってもみないものだったのです。


広告掲載当日の朝、9時半に事務所に来るやいなや、卓上の電話が鳴ります。
著者や関係者とのやりとりはすべてケータイでやっているため、事務所の電話が鳴ることなんてほとんどありません。どこで調べたのか、「人材派遣のご案内です」とか「小豆相場がすごいことになっていまして…」という営業電話がごくたまにかかってくるくらいです。人材も小豆も三五館シンシャに不要なのです。
「もしや」と期待して電話を取り上げると、「今朝の読売新聞で見たんですけど……」。やはり直接、電話での書籍注文でした。
ふつう買いたい本があれば、本屋に行くか、今ならAmazonなどのネット書店で注文します。出版社に直接電話注文しようなどとはまず考えません。
ところが、サンヤツ広告の下欄に小さく記載されている小社の電話番号に、直接送ってくれないかとわざわざ電話をしてきてくれるわけです。なんか嬉しくね?
電話はそれ以降も数十分おきに鳴りました。声色、口調などから、その多くが地方の年配者だと推察されます。こういう人たちがこの本を読んでくれるのか、というのをリアルに実感する貴重な体験です。鳴り続ける電話、全部『交通誘導員ヨレヨレ日記』の注文なのです。
昼飯に行かねばならない時間になり、一番近い立ち食いソバ屋に駆け込みます。ソバを啜っているあいだにも電話注文が入っているかもしれません。税込1404円の機会損失が惜しいのじゃなくて、読みたいと言ってくれた人に手渡らないのが癪なのです。咀嚼もそこそこに飲み下し、再び事務所に駆け戻ります。するとまた次の注文が。こんな感じで夕方まで電話は鳴っていました。


もう今から15年以上前の話です。当時の三五館に、ある著者を経由してヘビのエッセイが持ち込まれました。ヘビについてのエッセイです。誰が読むんだよ。思いますよね。ええ、私も思いました。しかし、紹介してくれた著者との関係上、そして突然会社に電話をかけてきた未経験の青年を編集職として雇い入れるなど人情に異常に篤かった三五館のH社長(当時)はこれを刊行すると決めたのです。おいおい、売れんのかよ。思いますよね。
で、挙げ句の果てに、H社長がつけたタイトルがこれです。


『巳歳生まれは、福を呼ぶ人』



……。


初めて聞いたとき、時間が止まりました。私の時間ではありません。会社全体の時間がフリーズしたのです。
終わったな。完全終了のお知らせだな。そう思いますよね。内容はヘビのエッセイで、タイトルが『巳歳生まれは、福を呼ぶ人』です。非の打ち所がありすぎます。非をいくつ用意したら足りるのでしょうか。
同書が刊行され、新聞広告が掲載されます。あのときも読売新聞のサンヤツでした。


「『巳歳生まれ』って本、送ってほしいんですけど」
当時5回線あった三五館の電話がすべて、朝から同書の直接注文に占拠されるほどの反響があったのです。Amazonのサイトオープンが2000年で、同書の刊行が2003年なので、ネット書店などほとんど知られていなかった時代かもしれません。結局、注文電話は一日中鳴り止まず、注文件数は100件にものぼりました。
(その後もこの本、重版を重ね、見事にロングセラーに成長。これに味をしめた三五館は『午歳生まれは、強運すぎる人』『戌歳生まれは、お金に困らない人』……と、十二支を一冊ずつ、ぐるっとシリーズ化したのです)


私はこの出来事によって、新聞広告の威力と、自分の感覚の不確かさを知ることになったのです。
(つづく)

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