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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.148

8月31日(木)「一之輔たっぷり」@鈴本演芸場


広瀬和生「この落語を観た!」
8月31日(木)の演目はこちら。

春風亭いっ休『百歳万歳』
春風亭一之輔『ちりとてちん』
林家たい平『猫の災難』
~仲入り~
林家たい平×春風亭一之輔(対談)
春風亭一之輔『抜け雀』

一之輔後援会主催の落語会。開口一番のいっ休が演じたのは自作の『百歳万歳』。百歳で生前葬を行なう男に「もっと長生きしてよ。あと百年は生きて」と曾孫のタッ君が言う冒頭の場面から、「なんてことを百年前に言ってたな」と、二百歳になった男が百五歳のタッ君と会話する場面へ。さらに百年後になってもこの二人は元気そのもの。この二人のトボケた会話が実に可笑しい。この設定を思いついた発想の見事さもさることながら、設定を活かして笑いに結びつけるいっ休の力量に感服。

一之輔がこの日演じた『ちりとてちん』は、腐った豆腐に旦那が唐辛子を大量に投入している段階で女中のおきよが意図を察してノリノリになり、知ったかぶりのロクさんを呼んできてからも旦那の悪だくみにウキウキしっぱなし。こういう『ちりとてちん』は初めて観た。“ちりとてちん”の強烈な匂いを反射的に避けようとするロクさんの激しく踊るような動きの可笑しさ、ヤケになり「来い、ちりとてちん! 俺がお前を食ってやる!」と叫んで無理に口に入れる一連のパニック状態のハジケっぷり等のドタバタ感がケタはずれ。ハジケまくりの『ちりとてちん』だった。

たい平の『猫の災難』は、「鯛は骨だけで身がない」と言い出せないまま兄貴分が酒を買いに言ったことを、熊が「俺は言おうとしてたのに、聞かずに行っちゃう兄貴が悪い」と自己正当化しつつ「人から怒られるのイヤだよ、せっかくのんびりしてたのに」と嘘をつくことにするのが印象的。その嘘を真に受けた兄貴分が鯛を買いに行った隙に酒を「湯呑に一杯だけ」と言いつつ全部呑むことになるプロセスもまた熊の「鯛なんて要らないのに勝手に出ていく兄貴が悪い」という自己正当化から始まっている。一人酒盛りの際に「白身魚にはこういう酒が合う」とか「樽酒こそ燗をつけるほうがいい」といった薀蓄を延々と語るのも新鮮な演出、湯呑に注ぎすぎてしまうのを「ちょっと! 人の話聞いてないの!?」と一升瓶のせいにするのも楽しい。たい平の“落語力”を存分に見せつけた素敵な一席。

一之輔の『抜け雀』で一文無しの絵師が描くのは雄雌つがいの二羽の雀で、これがサゲに結びつく。宿の主人は女房の“おみっちゃん”を溺愛しているのも一之輔らしい愉快な設定で、主人が絵に描かれた二羽と自分とおみっちゃんに重ね合わせて“チュン太郎”“チュン子”と名付けるのも楽しい。老絵師が描き足すのは松の木で、枝には巣が描かれているという設定。雀の夫婦がこの巣に卵を産んだ頃に一文無しが宿を再訪するが、その時点では勘当されたまま。「止まり木が描いてない」と指摘されたことを知り、絵を見て父が松を描き足したことを知ると、「やはりわしは未熟だ。父上に合わせる顔がない。旅を重ねて修業のし直した」と言うが、主人は「お父さんのところに帰りなさいよ。雀だから本当は竹を描くところ、お父さんが松を描いたのは、あなたを待つ(松)ということですよ」と絵解きをする。と、絵の中で変化が。主人は絵を見て言う。「ほら、やっぱり帰りなさい。衝立の中の卵も割れて子が孵(かえ)りました」 親を“カゴかき”にするとなぜ親不孝なのかを説明しなくていいだけでなく、まだ勘当したままの父の“親心”がなんとも切なく、感動的な余韻を残す。見事なサゲだ。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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