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虚実日記6月

6月1日
壁にはよく羽が生える。
バイト帰り。いつもの通り道、住宅の壁に大きな羽が描かれていた。見過ごしていなければ朝は無かったであろう今日生えたての羽。壁羽映える。羽があるだけで景色は随分と壮観になる。写真だって撮りたくなる。しかし見るたび、いつかそこから飛び立ってはしまわないかと心配になるのだった。

6月2日
長靴を履いた。雨が降っていたから。
なのに足首から上はびしょびしょだ。
長靴って云うほど長くないね。

6月3日
最近誰にLINEしても返信がない。
既読すらつかない。
おれのLINEは届いているのかと心配になる。
まあこっちだって全然返信してないけど。

6月4日
バス停に並ぶ。おばあさんに話しかけられる。
ここに行きたいのだけど、どれに乗ればよいのかと訊かれる。乗り換えナビを使って調べ、行き方を教える。ありがとうと感謝される。バス停は色々多すぎて分かりづらい、電車も遅れてた、人身事故は迷惑だ、雨で服もビショビショだ、と言われる。特に返すこともないので適当にへこへこする。だんだんしんどくなってくる。早く会話をやめたい。バスに乗り込む。横並ぶ。拘束は続く。去り際おばあさんは、障害者バスケ以上に機敏なものはこの世にないのよと教えてくれた。

6月5日
夢をみた。
シャーッ‼︎
上の前歯の隙間からすごい勢いで水が噴射している。それはさながらウォータージェット。木材や金属までをも切断するほどの勢いだ。どうしてこうなったのかは不明だが、とにかく噴射は止まらない。口を閉じれば下唇は裂き切れてしまうので顎をひっこめて何とかジェットをよける。友人に助けを求めるも誰も取り合ってくれず、みな外から眺めている。近くに医者がいた。しかしこの身ではどうすることもできない。この惨状を傍から見ていたのであろう心優しい誰かさんが医者に声をかけてくれる。ありがとう。しかし医者は「だいじょうぶ。」のひと言で一蹴する。なんだよ、と思いながらもそんなものかと納得している。一向に噴射は止まる気配がない。徐々に不安に襲われる。恐怖で満たされたところで布団から跳ね起きる。ああ夢か。どんなにあり得ない展開でも現実と錯覚させるところが夢の恐ろしさだ。夢でよかった。しかしなぜおれはあのとき医者の態度に納得したのか。腑に落ちない。

6月6日
よくマクドナルドでコーヒーを飲む。
コーヒーひとつ。店員さんに「ミルクはおつけしますか?」と聞かれる。いらないですと答える。お金を払うと番号のついたレシートを渡され、待機する。じぶんの番号が呼ばれる。「ミルクはおつけしますか?」と聞かれる。いらないですと答える。受け取る。
別日。コーヒーひとつ、ミルクはいらないです、ブラックで。と注文する。 それでも受け取る際には「ミルクはおつけしますか?」と聞かれる。いらないですと答え、受け取る。
これがおれのマクドナルドでの日常である。
おれにとって「ミルクはいらないです」は実に難解な日本語だ。文字だけ見ればシンプルな言葉のように思えるが、これでもかというほど相手には伝わらない。意味が通じないのだ。
どこの店舗を利用しようが、何度断ろうが、平然とミルクの要否は問われるのだから非があるのはこちらなのではないかと思えてくる。一応じぶんではきちんと言っているつもりなのだが、実際には舌が空回りしているかもしれない。考えてみればミルクに限った話ではない。いつだってなんだって伝わらないことは伝わらない。

6月7日
私「メガネ外すと印象変わりますね」
知人「もともとかけてませんけど?」

6月8日
家族総出でコストコに行く。
デカイ。何から何までひたすらデカイ。なんだこれは。ただただ圧倒され興奮する。デカすぎて値段が安いんだか高いんだかもよくわからない。一枚くらい記念に写真に収めておこうと思い、スマホを取り出す。デカイ。やっぱりデカイ。カメラを通してもサイズ感がしっかり伝わる。なんていうデカさだ。というかこのスマホ小さすぎやしないか。操作しているこの指も、構えているこの身体も。感覚がバグる。しかし興奮したはいいものの、いざ買うかとなると迫る躊躇。デカイのだ。どれもこれも無駄にデカイ。生活の中でこんな大きなものはいらないし、こんなに数もいらない。食べ物には消費期限てものもあるわけだし。結局ほとんど手ぶら、帰路につく。デカイで始まりデカイで終わった。

6月9日
今日は奮発してお鮨を食べに行く。カウンターに座りおまかせコースを注文する。ビールが到着。ぐびっと喉で飲む。まちがいない。至福。一気に空に。大将がやってきておれのグラスを持ってサーバにあてる。傾け、注がれる。大将と目が合う。微笑む。微笑み返し。サービスだろうか。無口な大将だ。何を考えているかは分からない。さりげない気遣いと優しさに心があったかくなる。グラスは泡でいっぱいだ。

6月10日
LINEが苦手だという友人数人とメッセージでやりとりをすることにした。機能としてはLINEとほとんど変わりはないのだけど、なんだか楽しい。B面で会話をしている感じがする。悪さもここなら企める。いっそメールも良いかもしれない。いずれはポケベル?それならもっとワクワク。そしてそれは手紙となり、いずれ僕らは疎遠になるのだ。

6月11日
こんまりにときめかなくなってきた。

6月12日
赤坂駅ホームでお笑いコンビ、ラバーガールの大水さんを見かける。思っていた以上にひょろっとしていた。ボケてないのにすっとぼけていた。あまりに大水すぎて話しかけられなかった。

6月13日
YouTubeで「態度のよくない柔道選手集」をみる。態度よくないなーと思う。柔道やってるやつは悪いやつばっかりじゃないか。

6月14日
フォロワーが2000人を超えました!
ずいぶん前からフォローしているTwitterのアカウントがつぶやいている。フォローを外した。

6月15日
サッカー代表戦。今日も選手たちは国際試合特有のおかしなテンポの国歌を歌わされている。見ているだけでしっかり酔った。ピッチは歪んでいる。

6月16日
ヒゲがすごい伸びてる中学生がいた。
ヒゲがすごい伸びてた。ヒゲがすごい伸びてた。

6月17日
駅で 子供が「ふざけないで!」って
お母さんに怒られてた。
たぶんふざけてなかった。
それは好奇心な瞬間だった。
かわいそうだと思った。

6月18日
おれの周りにはLINEが苦手て人が多い。既読が着いてしまうから・スタンプが嫌だから。理由はさまざま。そういう人とはメッセージでやりとりをすることになる。高校時代の友人、梨山もそのひとり。
明け方4時ー
聞き慣れない音が部屋に響き、驚いて目を覚ます。
メッセージか。バイブがよく響いたのは携帯がフローリングに置かれていたからだった。いつもの位置に置くことを怠った昨日の自分に怒りを覚えながら梨山からのメッセージに目を通す。
「明日は白のポロシャツを着ようと思う。
それでは宜しく🐊」
知らない。なんだそれは。なんの声明だ。そんなこと知ったことか。そもそも明日彼と会う予定はない。聞いたところでどうすればいい。最後のワニはなんだ。いくらなんでもメッセージが過ぎる。釈然としないまま再びベッドに寝転ぶ。チッ。部屋に舌打ちが響く。

6月19日
子供には「昔」がないことに気づき、憧れる。

6月20日
夕方、なんとはなしにテレビをつけると
スポーツニュースをやっていた。
「バスケNBA 八村塁が大活躍!」
シュートをバンバン決めていた。
インタビューに答える八村塁。
声が低い。
知っているのに聞くたび思う。
思っている以上に八村塁は声が低いのだ。
しかしいくら経っても慣れない。
きっと日に日に低くなっているに違いない。

6月21日
新宿ゴールデン街にてお店の常連さんと意気投合する。「若いんだから、一度きりの人生なにかに掛けてみろ」と言われる。そうだな、となる。常連さんは毎日宝くじを買っているらしい。そういうことなのか?わからなくなる。いつか当たるからと飲み代を奢ってくれた。おれは宝くじを買う大人になるんだろうか。

6月22日
父がシンイチ、シンイチ云ってるなあと思ったら森進一のことだった。お願いだから森進一のことは森進一と呼んでほしい。間違ってもシンイチはいけない。マサコも同様だ。

6月23日
バイトの休憩中、何気なくどうぶつの動画をみていると同僚に話しかけられる。やたら詳しい。聞くと彼は動物が大好きで昔は飼育員を目指していたらしい。彼とは3年の付き合いになるというのに知らなかった話だ。近くで聞いていた先輩も会話に入ってきた。先輩もまた動物好きだという。思いがけず動物の雑学披露大会になる。ふたりともよく知っている。山手線の駅を順番に言っていくやつ、ぐらいテンポよく雑学が出てくる。そのほとんどを忘れたが印象に残ったものもある。
「クラゲは脳も心臓も持たない」
「ゾウの赤ちゃんはじぶんの鼻をおしゃぶりにする」
脳も心臓もいらない。
鼻おしゃぶりがしたい。

6月24日
昨今テレビは終わった、オワコンなどと呼ばれることもある。しかしおれにとっては依然として優良コンテンツのひとつだ。その証拠に今日もテレビばかりをみていた。イケメン俳優が変顔を披露していて面白くて仕方がない。爆笑。

6月25日
話すまえから「その話、じわる?」と訊かれる。

6月26日
茅ヶ崎は今日も雨だった。気持ち少しブルー。
だが俺には長靴がある。
何も臆することはない。
足元の感触を確かめながらモクモク歩く。
ほれほれ、水たまりよこんにちは。
ぱしゃーん、ぱしゃーん。
勢い余ってシャツに飛び散る。
新品。白T。がーん、がーん。シクシク泣く。

6月27日
友人の梨山から報告が入る。

「表参道でざわちんみた!
マスクしてたから絶対そう!」

おそらく人違い。

6月28日
先日観に行った芝居のことを思い出す。
ある役者がやたらと鼻声だった。良いと思った。
役者全員鼻声の芝居が観たいと思った。
いや むしろ全員風邪っぴきが良い。
鼻をすする音が響く
台詞を発するたび飛沫が気になる
観ているこちらの身体が重くなる芝居。

6月29日
夕方バイト帰り。コンタクトがきれていたことを思い出し急いで眼科に駆け込む。受付を済ませ、長ソファに腰掛ける。大きなテレビからは笑点が流れている。そうか、今日は日曜か。バイト生活をしていると曜日の感覚は鈍くなる。ぼーっと眺める。番組はまだ始まったばかりのようだ。お馴染み笑点メンバーが冗談を交えながら順番に挨拶をしていく。その時だった。ある男がたっぷり時間をかけて悠然と挨拶しているではないか。林家三平だ。わっ!と声が出る。後ろに仰け反りながらもリモコンを引き寄せ何とかテレビを消す。ふーっ。安堵。大きく息を吐く。
笑点には林家三平がいる。何もおかしなことではない。彼は笑点メンバーの一員だからだ。しかし久しぶりに見る笑点。うっかり忘れていたのだ。笑点には林家三平がいる。

6月30日
東京からの帰り道。横浜駅で電車が停車。
東海道線 茅ヶ崎−平塚間で人身事故。
復旧には1時間ほどかかる見込みとのこと。
なぜよりにもよってこの時間に飛び込むのか。おれだって飛び込みたいときくらいあるさ。でもそんなときは電車なんか走ってる時間じゃない。全くなにやってんだ、おい。いや知らんけど。はあーあ。仕方がないので電車の中で待つ。すでに席は埋まっている。立ったまま1時間か。耐えられるだろか。こんなときだからか、電車の扉はすべて手動になった。 みんな慣れず少し戸惑っているようす。開いたままの扉の車両に乗客が偏っている。携帯など触りながら過ごし1時間40分。予定より時間がかかった。長かった。ゆとりがあった車内も発車時間が近づくにつれて、続々と乗客が乗り込み、気づくと車内はパンパンだ。寄りかかるポイントもないのでつり革に掴まり身を預ける。まもなく出発だというその間際、ひとりの男性がおれの乗る車両に近づいてきた。もうひとが入るスペースはない。外から見たって一目瞭然だ。帰れ帰れ。しかし歩みは止まらない。開ボタンが押され扉が開く。

「ほら、開くじゃん!」

男性は連れにそう言い放つとすぐに扉を閉めた。おそらく扉が手動で開くことを証明したかったんだろう。しかしな、男性よ。開けたなら乗ってくれ。乗れなくとも乗ろうとしてくれ。こちらはどこか恥ずかしかったのだ。トイレしてたら扉開けられたみたいな、そんな気分。覗かれた感。乗客全員そんな気分だった気がする。むずむずする。集団羞恥。

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