あと五日で「夏季乱読休暇」に入るけれど

僕はエアコンを使わない。たとえどんなに暑くてもこの部屋では運転させない。五年前にそう決めた。電気料金が跳ね上がるのも勿論好ましくないのだけれど、それよりも、それなしでは生きられないと思わせる装置をこれ以上身の回りに増やしたくないのだ。これは実存の問題に深く関わってくる。そうでなくても僕は生存上いつも心許ない気分でいる。電気から水道水、お金、食料、いつまでも身近にあるとは限らない。単なる観念上の話でなく、ありありとその不安を感ずる。心気症みたいなものか。ともあれ「依存」は人にとって恐いことなのだ。一番いいのは「野生」に帰ることなのだけれど、それはそれでまた別の何かに依存することになるし不安も倍化するに違いない。してみると生き物は必然的に「不幸」であって、この「不幸」の再生産に加担しない生き方をこそ僕は志すべきではないか、と切に念じてしまう(この主題を扱った『反生物論』は来年までに執筆して電子書籍で公開します)。

家電というと、他に冷蔵庫も僕は使わない。その排気熱のせいで部屋が暑くなるからだ。僕はわけあって今キッチンで寝ているので、これは死活問題に属する。冷蔵庫なしでもやっていけるのは、年中無休二十四時間営業のスーパーマーケットが近所にあるという事情もあるけれど、それより大きいのは、常温保存の利く商品が世の中に広く出回っているからですね。一人暮らしの難易度は年々下がり続けている(子供でも難しくない)。わけても缶詰はその便に供すること類を見ず、今更繰り返すも野暮だけれど、これは人類の食事史上指折りの発明と断じていい。イワシやサンマやサバの缶詰は僕の好物中の好物で、生涯これだけ食べて満足に生きられる気さえする。

遮光カーテンや遮光シェード(日よけ)も猛暑を生き延びる上で必須の項目である。日よけは室内においてではなく室外で遮光しないと最大の便益は得られない。これは実に肝要のことなのだ。太陽光は外で遮った方が温度上昇は確実にゆるやかだし、室温がえげつないことになる事態も何とか避けられる。光そのものが熱源を含むからそれをはじめから室内に侵入させてはいけないのである。加えて室内カーテンを何重にも吊る。視覚的に涼感をそそるような色調だともっといい。この夏を乗り切るためにも室内外併せた防暑対策をぜひ講じてほしい。なんだか安い生活記事みたいな調子になったな。

エアコンがない以上、扇風機だけでなんとか耐え過ごさないといけない(扇風機にさえ依存したくないならウチワしかない)。真実暑いときは水を全身にぬりつけて風を受け、その気化熱効果ではかない快楽を享受する。熱帯夜はこの繰り返し。段々あほらしくなってくる反面、この脱熱的の快楽に対する嗜癖らしいものが生じてくる。

前にも書いたけど、一人暮らしの数ある美点の筆頭は「気兼ねなく裸になれるところ」であって他ではない。どんなに親しい間柄でもいきなりフルチンになって自慰行為までは普通できない。仮にそんな図太い神経に恵まれていたとしても、それでもできることなら誰もいない部屋でやりたいのが本音だろう。それにまた僕のような性欲したたかのオナニストは何かにつけて性器をもてあそんでいる。こんな汚い「悪癖」を許容できる同居人はそういないだろう(実は誰でもやっているのだけれど言わないだけ)。これまで他人との共同生活を避けてきたのも、ひとえにこの特権を手放したくないためだ。今も僕はパンツ一枚でキーボードを打っている。これでも僕は羞恥心の敏感な人間なので、人が半径五メートル以内にあるとどうしても気になって神経が苛立ってくる。前にこの散文で井上ひさしの行状を僕は突き放してみたけれど、自分もまた興奮を覚えたときに勢いづいて人を殴ってしまうような人間なのだ。きっと。僕はゲイなのでこれまでの恋人はみな男で、押し並べて人柄も良かったけれど、間柄が縮まれば縮まるだけ遠慮は無くなるし、いきおい乱暴の振る舞いにもためらいがなくなってくる。僕には好きな男をじゃれ合い半分に叩いたり噛んだりする癖があって、これが高じればいつでも暴力になってしまうだろう。そうした自覚は確かにある。自分のそんなサディスティックな部面を僕は信用できない。過度に親しくなることは危険なことだと思う所以である。

猛暑日の最も暑い時間帯は、とても部屋にいられないので、図書館に逃げる。図書館依存はどうしようもない。いずれにしても夏は毎年決まってパソコンを開く気にならない。これを僕の怠惰に帰すことは不当である。だいいちキーボードは鉄板みたいになっているし、書き上げても推敲の余力も残っていない。「書き物酔い」のせいで読み返すこともままならない。疲労困憊の具合が他の季節とは格段に違う。エアコンのつけない部屋にあっては尚更そうだ。だから代筆業も当面お休み。翻訳もお休み。涼しい図書館でひたすら乱読したい。

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