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さんぽ絵日記 真名瀬〜三ヶ岡山

冬にしてはあたたかな昼下がり、葉山町真名瀬しんなせの熊野神社を訪れた。ご老人がひとり、ほどよくベンチのようになった傍らの石段に腰掛けて、漁具なのか緑色のロープを鳥居に巻きつけて作業している。ひだまりの石段はあたたかそうで、日向ぼっこがてらの仕事にはぴったりの場所だ。

私がここを訪れたのは、以前から行きたいと思いつつ、歩いたことはなかった三ヶ岡山さんがおかやまのハイキングコースを歩いてみたかったからで、ここはその出入り口のひとつ。近いのに今まで来たことがなかったのは、わざわざハイキングするには短く、山歩きするには物足りなさそうだったから。でも周辺の町はときどきさんぽするといい風情の道が続いているし、さんぽとあわせてのんびり歩くのもよかろうと思って訪れてみると、案の定スタート地点から素敵な場面に出くわしたというわけ。

海沿いの道から勘を頼りに小道へ入り込むと、白い真名瀬会館の建物に行き着いて、そのすぐ裏が熊野神社だった。大きな常緑樹の傘の下にすっぽりと収まるような熊野神社の社。お稲荷さんや、よくわからない、多分近くから集まってきたであろう祠もたくさん、静かな木陰に収まっている。スケッチをはじめると、意外なほど多くの人が祠の向こうからこちらから現れて、三ヶ岡がみんなの散歩コースになっていることを実感する。ジョギングの格好でトレイルランする人や、犬の散歩の方も多い。ご近所なのか、石段に腰掛けたご老人とあいさつしたり、しばらく話したりする人もいる。

昼下がりの熊野神社

真名瀬しんなせは、葉山町の海沿い中程にある漁師町で、後ろに細長い山を抱えている。この山が三ヶ岡山で、大峰山とも呼ばれている。多分、一番高いところが大峰山で、それに連なる丘をひとまとめにしたのが三ヶ岡山と呼ばれているのだと思われる。尾根に続くハイキングコースはよく整備されている。ところどころで海を背景にした見通しの良い景色が見えるのが、海辺ならではの見どころだ。

熊野神社をスタートして歩き始めると早速急な階段が続く。少し前を歩くご高齢の方との微妙な距離感は開きもせず、縮まりもせず、私も時折休んで息を整えながら登る。階段にはちゃんと段数表示まであって、最後の400から数えて44段目でてっぺん広場に着いた。

ベンチがあり、少し歩けば展望台があり、山頂広場には四阿があり、とほぼ公園のように整ったハイキングコースを多くの人とすれ違い、あいさつを交わしながら歩く。かなりの階段を登らないとたどり着かない場所のはずなのに、意外なほどお年寄りが多い。まわりをぐるりと町に囲まれているし、人通りも多いから、安心なのかもしれない。

三ケ岡山と真名瀬さんぽ ©︎さんぽ絵ずし

東西に尾根道を歩いて、つつじコースという坂を下ると、ハイキングコース入口には杖が数本置かれていた。使い終わった杖は別の出入り口に返していいと書かれている。誰かの温かい気持ちが感じられる看板がうれしい。そういえば先ほどすれ違ったご老人が杖をついていたけれど、ここのものだったのだろうか。

坂道を下ったところの路地には「葉山加地邸かちてい」の文字。誘われるように入っていくと、立派な別荘建築が現れた。水平、垂直のファサードが、シュロの向こうに見える。さりげなく風土に馴染んでいるようでいて、隠しきれない豪華な雰囲気。葉山の海沿いには御用邸を筆頭に古くから別邸が多く作られていて、その和洋折衷の建築はときどきテレビドラマのロケ地などにも使われているけれど、この加地邸は今は一棟貸しの宿泊施設になっているようだ。

なんとなく、フランク・ロイド・ライトっぽい建築なので、その頃の様式なんだろうな、と思って帰ってから調べてみると、ライトに師事した遠藤新という建築家の手による建築なのだそうで、国の有形登録文化財にも指定されているという。

知らなかったこんな出会いがあるのが葉山さんぽの楽しいところ。帰りは三ヶ岡山の南側の山裾を通る。こみちをたどり、あえて迷うような道を選ぶ。時には行き止まりで引き返すことになっても、それはそれで発見があり、楽しみが増えるというものだ。

いつかも歩いた道、朝市の終わった人気のない神社、蔵を見つけて、どうやら映画の舞台になっていた別荘の門を眺め、最後は海にたどりつく。葉山の空気にのまれてついついのんびりしてしまうのはいつものこと。


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