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#19 南房総で停電になったときのこと③

夕方6時過ぎ、どんどん暗くなる室内で、ランタンの光の下、カセットコンロで調理開始。自然解凍したご飯をフライパンで温め、お湯を沸かしてインスタントの春雨スープをつくり、メインは冷凍庫にあった餃子。それに冷蔵庫にあったキュウリと味噌を添えて、夕食のできあがり。

★カセットコンロとランタンは災害時の必需品!カセットボンベや電池の予備も確認を!

停電中ながら、あまりいつもと変わらないような食卓だったが、日が沈むととにかく暗い。ランタンとロウソクをテーブルに置いていたのだが、全体を照らすほどの明るさはないので、食べ物しか見えないような感じ。息子と「キャンプみたいだね」とか言いながら、大量の餃子を完食。こんな時の餃子はとても美味しい。冷凍餃子とか冷凍チャーハンとか「忙しい時にサッとできる一品」的なものは、停電の時にもありがたいなーと思った。ランタンをキッチンに移動して、皿洗い。

★冷凍餃子や冷凍チャーハン、フライパン一つで作れて、一品で満足できて、大人も子どもも好きなメニューは災害時にありがたかった。

夕食が終わると、もうやることがない。テレビもつかないし、さして明るくもないランタンの下で本を読むという気にもならないし、やれることはスマホでSNSやニュースを見たり、電話したりするくらいしかないのだが、充電が気になって、ずっと見続けるのも不安…。スマホで音楽も聴けないし、本当にやることがない。

「充電が無くなりそうだから、もうこれは寝るしかないねー」と息子に話しかけると、息子は暗闇の中、ひたすらiphoneを見続けている。「あんまりスマホばかり見てると、充電無くなるよ!」と注意すると、「モバイルバッテリーが3個あるから、あと2日は大丈夫」とのこと。今どきの若者はバッテリーを何個も持っているのは「常識」なのだそうだ。豊富な電源を分けてもらいたいところだったが、私のスマホはアンドロイドなのでケーブルが異なり、接続できない。「車で充電したいけど、車で充電するためのコードがないんだよね」と話すと「じゃあ、仕方ないね。コンビニで売ってるから明日買えば」と心底あきれた口調で返された。

停電時、スマホは希望の光。電話もテレビもラジオも雑誌も音楽もSNSも懐中電灯も全部詰まっている。モバイルバッテリーはもちろん、車からの充電ができるケーブルも必需品だと痛感。若者を見習おう。

暗い部屋の中は、窓も網戸にして開け放し、ドアも風が通るように開けていたが、じっとりと蒸し暑い。水筒の中の冷たい飲み物も無くなり、単なる食料保存棚になってしまった冷蔵庫から常温のペットボトルを取り出し、お茶を飲む。暑い。寝てしまえば、暑さも停電も忘れられるだろうと思い、ランタンを浴室に持っていき、シャワーを浴びる。水シャワーで身体が冷えるとちょっとすっきり。歯磨きもして寝間着を着て、寝る準備に入る。昨晩は台風のせいで、まともに寝られなかったし、すぐに寝られるだろうと思って、横になった。

ランタンを消すと本当に真っ暗になる。窓は開けっぱなしなので、波の音がザバーンザババーンとうるさい。海の目の前に住んでいるので、波の音がうるさいのはいつものことなのだが、今晩は特にうるさい気がして、気になって眠れない。とにかく暑い。寝返りをしても足を上げてみても暑い。身体が暑さでむくんだようになっていて寝苦しい。顔を洗いにいくと、少し涼しくなるが、すぐに暑くなる。

毎晩クーラーの効いた涼しい部屋で寝ていた私は、クーラーなしには寝られない体質になってしまっていた。ふと、終戦を知らず28年間ジャングルで生き延びたという横井庄一さんのことを思い出し、「横井さんなら、暑くても、ジャングルの中でも、ちゃんと寝られたんだろうな。人間として退化してるな私」などとぼんやり考えた。そのまま、なぜか横井さんのことが気になって、スマホでググりたい気持ちにかられたが、充電がもったいない、と思ってあきらめる。

★室内が暑すぎて眠れないとき、外でも寝られる寝椅子があったらいいなと思った。蚊に刺されて大変かもしれないけど

「暑いよー」と息子に訴えると、息子も暑かったらしく、窓のすぐ脇の狭い板の間に横になってiphoneを見続けている。まだ8時だった。「いつも11時に寝ていた私がそんなに早く寝られるはずがないんだ」と気づき、あきらめて起きることにした。パジャマのまま玄関の外へ出て、マンション10階からの景色を眺める。周囲は農地や空き地が多く、もともと灯りは少ないところなのだが、その夜は街灯も信号も全て消えていて、遠くの方まで、遥か彼方まで暗くて、星の方がまだ明るい位だった。ただ1か所、煌々と明かりがついていて、グゥオーンと異様な音がしている場所があった。すぐ近くにある大手携帯電話会社の建物だ。海底ケーブルの基地があるという話だったから、非常用電源があるのだろう。燃料を積んでいるらしい大型車が頻繁に出入りしていた。

「暑い~」と独り言を言いながら、暗い廊下で暗い景色を眺めていたら、心細くなってきて、なんだか不安な気持ちになってきた。明日は電気がつくんだろうか。スマホで見たニュース記事では、千葉全体で64万軒も停電していると書いてあった。東京に近い大きな町でも停電しているのに、こんな端っこにある、住んでいる人の少ない地域なんて、一番後回しにされちゃうんじゃないか。管理人さんが、電気がないとポンプが動かず、マンションの情水槽に水をくみ上げることができないので、停電が続けば断水するかもしれないと話していた。停電だけでなく、断水したらトイレどうなるんだろう…。10階まで階段で水を運ぶことになるなら、避難所に行くべきかな。などと次々と不安が押し寄せてきて止まらない。

「もういい、充電なくなってもいい!」と、東京にいる夫にたまらず電話をかけた。ところが、留守電になり、一向に電話に出る様子がない。「寝てしまったのだろうか…」そう思ったら、見捨てられたような気分になり、LINEで「暑くて眠れなくて耐えられないから電話に出てくれ、今すぐ東京に帰りたい」と強い調子でメッセージする。すると夫から「どうしたの?いきなり耐えられないとか言ってきて、驚くじゃないか」と、仕事帰りの少し疲れた調子で電話かかってきた。「こっちはこんなに大変な状況なのに、なぜ伝わらないんだ!」と思ったら、怒りと悲しみが一気に溢れてきて「こんなにつらい状況なのに、助けを求めちゃダメなの?なんで分かってくれないの!こんな時も泣いちゃダメなの?」などと思わずケンカ口調に。ところが、電話口でメソメソ泣きながら、ワーワーと窮状を訴えているうち、不思議と気持ちが落ち着いてきた。

冷静になってみると、明日には電気が復旧するかもしれないし、そうしたら断水になることもないだろう。単に「暑すぎて眠れない」のに「明日がどうなるか分からないこと」が辛かっただけなのだった。

★眠れないと人は不安になって悪い方悪い方に考えてしまう。誰かに気持ちを聞いてもらえるだけでも楽になるよね

最後には、「もう大丈夫だから」と伝えたのだが、夫は「明日、迎えに行く」と言って聞かない。なんだか大げさに騒いでしまって恥ずかしいな、と思いながらも、夫にこの切迫した窮状を分かってもらえた、というだけで、ちょっとすっきりし、暑いのは変わらないけど、まあ寝よう、という気持ちになって、暗い部屋に戻り、がんばって寝ることにした。


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