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1/3ずつの不安定な感情

妊娠すると、情緒不安定になるらしい。妊娠していなくても、生理の前などは、女は情緒不安定になるものだ(個人差アリ)が、どちらも原因は、ホルモンがどうにかなるせいである。

月一どころか、十月十日中ずっとホルモンがどうにかなっている今、痒み、便秘、痔、抵抗力の低下、食欲の増減、胸やお腹の張りや痛み、睡眠障害、などなど、体は素直にその影響を受ける。

そして情緒不安定になり、悲観的になったり、突然泣きわめいたり、イライラしたり、八つ当たりして自己嫌悪になったり、激しすぎる感情の起伏に疲れ果てたり、心まで支配されてしまうのである。

妊娠とはめでたく喜ばしいことだと聞いていたのに、これでは話が違うではないか!もっとアッパーな気分で過ごせると思っていたのにYO、なぜ気分を滅入らせなければならないのか!

私はもともと感情に起伏のあるタイプなので、妊娠によって私の感情は、大シケの日本海のように荒れ狂うのだと覚悟をしていた。これはきっと、日本海で育てられた女の宿命なのだ。

そんな宿命を背負う女は辛いだろうが、それよりも心配なのは側にいるゲゲである。

過去、私が思わず感情を露わにした時、ゲゲはビクビクと怯えて部屋の隅で小さくなり、まるで巣穴にこもるハムスターのようだった。ゲゲは、私の感情や言動にとても敏感なのだ。ハムスターは好きだが、再びあんなことになってはゲゲが気の毒である。

しかし、感情の海が大シケとなる可能性があると事前にわかっていれば、心構えができるだろうから少しはマシかもしれないと思い、ゲゲには予めこれから起こりうることを説明しておいた。

「ゴメンね、ゲゲちゃん!もしも八つ当たりすることがあっても、そういうワケだから!ホルモンだから!嫌いとかじゃないから!」

しかし、感情の海はいつまでも穏やかなままだ。むしろ、以前より穏やかかもしれない。静かな海面にあたたかな陽の光がキラキラと反射して美しい。夕陽がゆっくりと沈むのを眺める。星空の下で小々波の音に耳を傾けて眠りにつく。それくらい穏やかだ。

なーんだ!と私は拍子抜けし、よかった!とゲゲはホッと肩をなでおろした。

しかし先日のこと、感情の海のに白波の立つ出来事があった。夜中にゲゲが冷凍うどんを作りはじめたのだ。器に入れてレンジでチンすれば出来るという商品だったのだが、ゲゲはわざわざ鍋で湯がいた。たったそれだけのことだった。

「チンするだけで出来るのに!」「え、でも、鍋でも作れるって書いてあるよ」ゲゲの言うとおり、商品パッケージには鍋での作り方が書かれていた。しかし、それでも納得いかない。

「鍋でしたら洗い物が増えるやん!」そう言って私はベッドに突っ伏した。鍋一つ洗い物が増えるくらいなんだ。大したことではないのに、それが許せない。

あまりの理不尽さにさすがのゲゲも不機嫌になり、せっかく作ったうどんには手をつけず、ゴソゴソと他のことをし始めた。後で聞いたらゲゲなりの反抗だったらしいのだが、今度はうどんを食べないことが気になって仕方ない。

冷凍うどんで、こんなに心を乱したのは初めてだった。あまりのくだらなさに情けなくなってきた。

「(私、なにやってるんだろう...)」ゲゲは何も悪くない、わかっている。私がヘンなのだ。ゲゲに申し訳なくて、自分が格好悪くて、泣けてきた。
グス...グス...こんな自分がイヤだ。ゲゲちゃん、ごめんね、ごめんね。グス...グス...ベッドの中でひっそり泣いた。
そこへ、気づいたゲゲがやってきて私の頭を撫でた。私はそんなゲゲに抱きついて、思いきり泣かせてもらった。そうして仲直りした私たちは、うどんを食べた。

いい話のようで、ノロケ話みたいで、実際は、冷凍うどんの作り方でケンカしたというだけのナンジャソリャな話だ。ケンカというか、私が勝手にイライラしたというだけの話である。

しかしこれが、これこそが妊婦の情緒不安定なのだ。巻き込まれる側にとってみれば厄介なことかもしれないが、どうか許してほしい。妊婦も自分をコントロール出来ず苦しんでいるのだ。

と言っても、私の情緒不安定は多分マシなようで、冷凍うどんの一件の他にここに書くような話はない。冷凍うどんのことだって大した話ではないのだが、こういった場合は大した話がない方がいいので、なによりな話である。

こうして過ごせるのは、ゲゲの支えあってのことだが、ゲゲの支えをもってしても、どうしても守れなかったものがあった。涙腺である。妊娠してから、私の涙腺は蛇口の壊れた水道のように、涙がダダ漏れになってしまったのだ。

ドキュメンタリー番組を観ては泣き、ニュースの特集で泣き、番組と番組の間に流れる「ママだいすき」という5分もない番組で泣き、CMでさえ泣き、犬を見て泣き、何かを思い出して泣き、今日は松田聖子の「赤いスイートピー」を口ずさんで泣いた。

「赤いスイートピー」は、確かに名曲だ。作詞した松本隆も作曲した呉田軽穂も、よくぞこんな曲を作ったものである。どちらかと言えば明菜派の私だが、この愛らしい曲を透き通った声でピュアに歌う聖子ちゃんの可愛さは認めざるをえない。

しかし、特別な思い出でもない限り泣くような内容の歌ではないし、私にそんな特別な思い出などない。「瑠璃色の地球」ならまだしも「赤いスイートピー」で泣くなんてどうかしている。この歌で泣きそうな気分になるのは、歌の中の少女であって私ではない。

それに、聖子ちゃんが歌うのを生で聴いたわけでもなければ、ジックリと浸って曲を聴いていたわけでもなく、少しTVで流れたところに合わせて口ずさみ、泣いたのだ。

いや〜、これまたバカバカしい!

全米が泣くような事柄から箸が転がった程度の事まで、とにかくなんにでもに涙してしまう。自分でも泣いてるわけがわからず、「私今、なんで泣いてんだろう?」となんだか笑えてくるので、しまいには泣きながら笑う。そんな私を見て、「なんで泣きながら笑ってるの?」とゲゲも笑う。

一体なんなんだろう...不思議だなぁ...なんでこんなことになるんだろう。泣いたり笑ったり、不安になったり、ムカついたり、吐き気がしたり、痒かったり痛かったり、どうしてこう色々とあるのだろう。

妊娠中の色々に出くわすたびに、命を授かるというのは簡単じゃマズイのだなと思う。今の段階でこれだけ色々あって、さらに産む時には激しい痛みや苦しみが伴うのだ。
その先に想像しえない幸せがあるのかもしれないが、あまりにも色々とありすぎではないか?もう充分、お腹いっぱいだ。

こんな風に設計したエンジニアにどういう意図があるのかわからないが、こうプログラミングしなくてはいけない理由がきっとあるのだ。上等だ!やってやる!今にその複雑且つ美しいコードを解析してやるのだ。


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