衝撃!密着!出産24時!-その4-

出産中は、いくつもの試練が我が身を襲う。

陣痛、呼吸困難、食欲不振、排尿障害(という表現があってるのかは微妙)、これらは全て、命を生み出すための試練なのだろう。特に陣痛というやつは、今までに経験した痛みとは比べられない、別次元の痛みだ。それは命を生み出すことの重みと責任を刻み込むための痛みなのだと思う。

妊娠が発覚した時から、私は立ち会い出産をなんとなーく希望していた。そして、ゲゲもそのつもりでいてくれた。

何もできなくても、側にいることしかできなくても、少しでも力になりたい。それが立ち会う者の健気な気持ちだ。そして、何かしてくれなくても、側にいてくれるだけでいい。それがこちらの気持ちである。

しかし聞くところによると、多くのママが何もしてくれない(できない)パパにイライラしたり、八つ当たりするという。

何か声をかけられれば、「黙ってて!」体を触られれば「触らないで!」何か出来ることある?と聞かれれば「何もしないで!」しまいには「もういいから出てって!」なんてこともあるらしい。

以前、先輩ママからそう聞いた時、私は「自分は大丈夫」と高を括っていた。しかし今はどうだ。「ああ、こういうことか!」少しわかる気がした。

立ち会い出産を考えている人に何かアドバイスするとしたら、立ち会い出産はイメージするほど美しいものではなく、パパはイライラ要因であり、八つ当たり要員だということである。

イライラしたり八つ当たりしたりされたくないなら、最後の段階までは、ロビーで待つか仕事するかして、いざという時にだけ立ち会う位がちょうどいい。

終始立ち会うならば、パパはママの態度を受けとめ、言うとおりにして、決して非難しない。これは単なるワガママではなくて、赤ちゃんを無事且つスムーズに産むためだと思ってほしい。

赤ちゃんとママのため、パパは全てを包み込むように見守って欲しい。そしてママは、パパに思いきり甘えて、赤ちゃんを産むことだけ考えよう。

私が痛みと戦う間、ゲゲは、私の要求と助産師さんの指示により、腰をさすってくれたり、テニスボールでいきみ逃ししてくれたり、手を握って引っ張ってくれたりしてくれた。とても優しい、良いパパだ。

それでも、しょうもないことが気になって少しばかりイライラした。ゲゲがメガネをカチャッと直す音は、特に耳障りだった。それも、よくズレるメガネらしく、しょっちゅうカチャッカチャッと聞こえてくるんで、尚のことイライラした。「そんなにズレるならいっそ外してくれよ...」

しかし、私はその言葉を飲み込むことにした。体力も気力もギリギリの状態の中、イライラや八つ当たりはコスパが悪い。イライラする心を落ち着かせようと深く息をすることで呼吸も整うし、八つ当たりするよりその方がよっぽどいい。

しかしまさか、立ち会い出産までもが試練だなんて、とんだトラップが潜んでいたものである。

そんな様々な試練を乗り越え、どうにか夕方になった。こちらがどうであれ時間は経過するし、状況は変化するものなのだ。

いつの間にか助産師さんの他におばちゃんと若い男性と女性がいる。どうやら産科の先生のようだ。この人たちが来たということは、きっともうすぐ私は赤ちゃんを産むのだろう。案の定、私の足は広げられて台に乗せられて、最期の体勢をとる。

ああ、やっとここまで来たんだ・・・

途中、木馬のようなものに乗った。ゆらゆらするので気持ち悪くて吐きそうになった。 木馬にまたがることで骨盤が広がるらしいのだが、揺れに酔い、オエ!となる度に過呼吸になりかけた。

バランスボールに腹這いで寄りかかった状態で、助産師さんに強引にゼリーとフルーツポンチを食べさせられた。痛みがひいたら一口食べて、高速で噛んで飲み込む。次の痛みが来る前に飲み込んでしまえば、なんとか食べられた。ただ、フルーツポンチの白玉が、口の中にいつまでもねっとり残り厄介だった。がんばってウィダーインゼリーも飲んだ。

結局おしっこを自力で出せなくて、尿管に管を入れることになった。この処置の地味な痛みに思わず分娩台の脇をバンバンと叩いた。

終わりの見えない痛みに耐えるため、私はゲゲの手をちぎれそうなくらいに強く握っていた。ゲゲも応えるように私の手を握ってくれている。二人の手と手の間は汗でびしょびしょに濡れていて、滑って手がはなれてしまいそうになるが、その度に手を握り直して決してはなさない。

ゲゲ、もうすぐ私たちの赤ちゃんに会えるんだね・・・

ポコ・・・もうすぐ会えるんだね・・・

つづく

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リリス

十月十日道中膝栗毛

妊娠発覚から出産まで 山あり谷あり 十月十日の旅記録
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