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心の数学がわたしの世界を寛容にする

いつからか、人の性格や言動の傾向を分類することが得意でした。
軽度のHSCで周りの反応に敏感だったため、相手を観察することで先回りして危険を回避しようとしてきたのかもなぁ、と想像しています。

気付いた時には
・人の言動や考え方について、この後こう言うだろうな・こんな反応をするだろうな、という傾向がすぐつかめる
・初対面で顔を見ると、大枠の性格に予測がつく
というようになっていたので、誰でもそんなもんだと思っていました。
大人になってから、誰かの相談にのった時に、件の人の性格や言動を言い当てすぎて驚かれることが何度かあり
全員が私みたいに分かるわけではないみたい?ということにだんだん気付いてきたんです。

子供の頃、繊細でちょっと傷つきやすかったから
こういう言葉を使う人はこういった性格傾向、とか、この佇まいの人はこういう行動をする、
みたいな法則性を、観察し続けることで見つけて精密化していたんだろうと思っています。
(予測することで心のバリアを事前に作ろうとしていたんです)。

Aの場合→Bタイプの人
Bタイプの人がCという言葉を出す→D傾向の思考が働いている
というような予測をより早い段階で立てるために、
方程式を自分で見つける作業と統計的に関連を見つける作業を同時続けてきた結果が今の観察なのかな、と考えています。

リアルの人間だけでなく、本の登場人物やドラマ・映画の役の心理描写・表情は、現実より特徴を取り出して描くので、
より「ありがち」なパターンの情報収集に役立ちました。
そういうこともあって本を読むのは大好きで、映像は心理描写が繊細なものが好きです。
また、現実世界の人間はもっと複雑で多面的で、対面では出会えない種類の方が圧倒的に多いので、
バージョン違いやイレギュラに関する知識・想像・バリエーションづくりにフィクションはとても役立ったと思います。

誰かのアクション(言動や表情・その積み重ねによる顔のつくり)には、感情面で本人が気付いていてすらいなくても何らかの理由や因果関係があって、
その「理由」は抽象化すると人間の数よりは圧倒的に少ない種類になる
という直感的な前提に立ってずっと人を見てきました。
抽象化したデータを組み合わせてたくさん集めることで、複雑でいろんな面がある個人個人についても
「どこかに似たパターンが存在した」→「あの時のこの人の傾向と同じでは」という視点でとらえてきたんですね。

長くなりました。このあたりから本題です!

数十年生きてきた今も、情報アップデートは毎日続けていて、
逆に大人になったからこそ、子供の頃のように「Aさんはこういう性格のはずだから全面的に悪い人!」みたいな決めつけをしなくなりました。(成長した!!)
先入観をなるべく横に置きながら、身近な人であっても新しく素敵な面を見つけたり、別の確度から観察することで感情の経過をより精密に想像できるのでは?と試したりしています。
ほかにも、日常で接してこなかったタイプの人と関わりにより発見したことや、メディアを通して認識できる未知の人物像による情報を使って
その人に向けた自分の視点を抽象化して、自分の考え方の変化も見つけたりして、楽しんでいます。

きっとこういう謎の統計&方程式を使っていない人には何が言いたいわけ?の話になってしまったと思います。
ほんとは何が言いたかったかというと、
子供の頃は未知の攻撃(と私が勝手に思っているもの)から心を守り、その相手を悪者にするために情報収集をしていたのですが
時を経て最近、その情報を人間の複雑な美しさを深く知るために使えてきているなー
おかげで自分にも他人にも寛容になって、世界がやさしくなってきたなー
と思っている、というお話でした(笑

数学的な視点で人を観察すると、
あれもこれも知っているパターンだから安心して人と接することができるし、知らないことは自分を豊かにすることだと、
思えるようになります。

#note #コラム #HSC #心の数学

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