冬空の下でなら、コンビニスイーツは凍るんじゃないか。

新春なんてのは、ローカルの悪しき慣習と同様に名ばかりじゃないか。と僕は思う。

孤独が増すような可愛げの無い寒さは、バイト終わりの僕には少し堪えるが、白く広がる息が見たくて空に向かって「ハぁ。」とする遊びを何回か繰り返す。

季節はずれのミルキーウェイが霧散してゆくと、淡く光る星が浮かんでいるのだ。
存外、冬の夜空は素直だったのかもしれない。
僕には固く閉ざした冷たい奴にしか思えないけれど。

「あの星の光だって、何億光年かけてまで、わざわざ僕に見られたかったワケじゃ無いだろうなぁ。」

ビニル袋に手下げた差し入れのプリンアラモードは、外に放って置けば凍るだろうが、僕はそういう風にはいかない。

バイト先の油くささが移ったフリースに身を包んで、やっぱり夜空を眺めていたくなった。

12月で、半年間に渡るパン作りの修行を終え、初夏の頃は、何も出来なかった僕もコッペパンくらいはちゃんと作れるようになった。
分からないことも増えたし、出来ないことも増えた。師匠と、その家族に会えてよかった、僕のパンと共に有る生活の入り口に、師匠のお店があって良かった。

でも、パン屋を目指すというコトは、割とシビアなことである。
日本では高卒と同時に専門学校へ行き、20歳になる頃、ちゃんとしたパン屋で製造業として職に付き、何年かしたなら独立するのが暗黙の了解化している。

ドイツやフランスではマイスター制が確立されている。
これまで、21年間フラフラしてきた僕の付け入る隙は、無いのである。

が、「パン屋になりたい」という心は、意外と消えない。

「大学もそろそろ卒業だし、どうするべ。」と考えざるを得ない。

パンの勉強と、パンで稼ぐこと、6000年のパンの歴史が活きる所、山梨で売れそうなパンを食べられる場所に行きたい。東京で働くのはなんか違う。

色んな欲望が湧き出て、方針が決まった。

僕は、晩春からトルコに行く。

まず一番に浮かぶのはカノジョの顔で、これはどうやっても、パンでは代替出来ない。
もしかしたら、トルコで作るパンの尽く一切が、カノジョの顔パンになるかも分からない。アンパンマンパンみたいに。

でもまぁ、トルコに行きたいのでしょうがない。

僕は社会一般の知識に疎いので、ビザとか言われてもピンとこないし、言語のこととか、多分、凄く甘く見ていると思う。

けれどもそんなこと言ったって、行きたいんだから仕方ない。

僕がトルコに行っても、誰も幸せにはならないかもしれない。現に、カノジョは悲しんでいる。父親は反対している。バイト先のマスターは「アブねえぞ。」って言う。てか、トルコにパンあるの?みたいな人は、まあまあいるんだと思う。

あぁ、なんでこんなに、わさわさと何か考えてしまうのかと。

行きたいなら行けよ、って。

ぼさっと冬の夜空をみて考えた。

あてもなく、何億光年も光る星の孤独に比べたら、僕は実に可愛いモノであると、思ったから。

意味はいらない、ただ素直であれば、と僕は祈った。

冬は依然、強固な姿勢で居座っているが、
足早に春がやって来ても、僕は一向に構わない。

強いて困ることがあるとするなら、片道の航空券も買えないくらい僕にはお金が無いコト。

だからこうして今日も、僕はバイトして、帰宅しては、物思いにふけっているのだ。








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久保田真司

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なんでもない日の、なんてことない哲学。
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コメント4件

行ったらいいよー!
@川内有緒 さん 若さにかまけて行ってきます笑
すごい!頑張ってください🍞
@きなこ ちゃん すごく嬉しいっありがとうございます👍
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