君の膵臓を水煮で食べたい。

今ウワサの、『君の膵臓をたべたい』を観てしまった。

これで三作品目だ。

流行りに乗っかり、映画館で流行り物を観るのは。
君の名は。
LALALAND
そして、君の膵臓を食べたい。
あ、打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか。も見たから、4作品。

長いものに巻かれる様に、
流行り物には、乗っかってしまう。

ネタバレしたいのではない。

膵臓をどう食べるのが最も良いか、という映画であった。(かもしれない。)

膵臓がないと、人は死んでしまう様だ。
エネルギー補給がうまくいかなくなるらしい。

やはり、ホルモン系だから、
味付けは味噌がいいのかもしれない。
独特のくさみを消してくれる。
隠し味は、しょうがだろうか。

うん、刻みネギを散らして、
君の膵臓煮込み(550円)を食べたい。

焼きもいい。
コリコリ感は、ステキだ。

甘辛く味付けして、シャキシャキキャベツの千切りとともに、
君の膵臓焼き(550円)を食べたい。

そうはいっても、君の膵臓をたべたいってことは、それなりの一大事。
もしかすると、
いや、確実にそれなりのワケがあるワケだ。
それも、膵臓でなきゃいけない理由が。
まぁ、それは、アレだ。
劇場か、原作で確認すべきことで、
私が、考察すべきは、
どうやって、膵臓を食べるかということなのだ。

美味しいものは、素材のままいきたい。
それこそ、とれたてのトマトにいきなりドレッシングかけたりはしない。
そうであるなら、やはり、
君の膵臓は、水煮であるべきだ。
もちろん、灰汁はとる。
それも丁寧に。

膵臓の旨味をそのままに、
シメに雑炊にできる様な、水煮に。

それはまさに、
君の膵臓の水煮の後、シメ雑炊をたべたい。

さて、一つとても根源的な話がある。
膵臓って、いけるのか。
たべれるのか。火を通せばオッケーなのか。

難しい小細工と、小手先の技術はいらない。
水煮で、さらっと、
君の膵臓をたべたい。

たべたい理由が、あるから。

君の膵臓をたべたい。
世界には、こうも悲しい物語があるのかと。
調味料で味付けされ、
保存料で賞味期限を引き延ばした様な人生を生きるのか、それとも、
明日にはダメになるかもしれないけど、
極力、生で、せいぜい水煮で、
そのままの美味しさを感じるべき素材や、
生き方が、ある気がしてならない。

今日これから、
下手したら、この時間から死ぬかもしれない。
誰のために、何を思って生きてたいか。
やがて死に行く時まで、ちゃんと考えておくべきなのだ。
私の人生は、私自身で、どう料理するべきか。

ところで、私は今、うまい肉そばが食べたい。

#エッセイ


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久保田真司

僕っぽさみが深いやつ。

ごたごたしてるからこそ、なんかいい。 そんな風に楽しんでもらえるエッセイかなあって。
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