人の営み、僕の時間。

「難しいコトは考えたくないなぁ。」

なんて、ぬるくなりかけたコーヒーをすする。

家族連れで困惑するほど賑わっているショッピングモール。その隅っこで威張るように腰を据えた大きな窓から、ボサっと空を僕は眺めている。

某コーヒーショップから見下ろすパーキングエリアでは、車が絶えず「目的がきっとあるんだろう」そうに散歩している。
その様は、微細な変化であれど僕に唯一、時間の流れを感じさせてくれる。
乾いた冬の空では、雲なんか少しもないんだから。

パン屋になるべく、パン屋として人の生活に新しいスタンダードを築くべく、僕は今修行的生活をしている。

これからのことを、
これからのパン屋のことを考える上で、
僕は歴史的に感じなきゃイケナイことが、ままある気がしている。

どんなロックスターも、
やっぱりTHE BEATLESくらい売れたいと思ってるでしょう。そうしたら、ビートルズを知ってる僕たちは、意識的にビートルズになるのが良いと思うのだ。

ビートルズはビートルズを知らないけど、
僕たちはビートルズを知っている。
それが歴史との付き合い方でしょう。

パンというのは、6000年も前から人類の食べ物として存在している。今も絶えず作られ、
おそらく皆んな一回は食べたことがある、
稀有な存在なのだ。

飽和したパン的食文化の中で、ビートルズのような「正真正銘1番のパン屋になる」っていうのは、少し定義付けが難しいとは思う。
けれどもそれは、裏を返せば、しっかりとした文化的な土台が出来ているっていうことだ。

僕は喜ばしいことだと思う。

ベンチャー的に、開拓する今的な生存方法ではなくて、盤石な土台の上で、足場の揺るがない文化の上で、パン職人は踊れるのだ。

人の生活がパンを食べるためだけにある時代は、随分前に終わったけれども、パンはすぐには無くならない。

どこでも食べれて、別に僕が作らなくても良いからこそ、より繊細に、細やかに、
届けたいモノを届けたいところに届けられると思うのだ。

根深くて、どこまでも潜れる6000年の歴史が蓄積されたパンという稀有な食文化の一端で、
僕は、「自分の人生足りるかな。」なんて、
考えても仕方のないことを、ボサっと考えている。

半分くらいあったコーヒーも、
もうすっかり空っぽ。

考えても仕方ないことを、ボサっと考える
ゆるやかな時間こそ、僕の若さの体現。

難しいコトは要らない、季節だけがただ流れていくのだ。

大いなる世界の片隅で、僕の時間はわずかに流れて、思い出を重ね着させてゆく。



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皆さんにいただくお金は、【参考資料代】もしくは、いつも『テーマ』を決めてくれる彼女への【感謝のランチ代】にします。見に来てくださり、ありがとうございます。何かの縁となれば…なんて。

今日はパンで言うところのあんぱんみたいな日でしたね
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久保田真司

日々のほんの片隅

なんでもない日の、なんてことない哲学。
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