大学4年にもなると、週1の通学に伴って脳がバグる話。

「第一人称僕問題」というのが、エッセイ界隈では有る話だと、存じ上げている僕である。どうも、急に、幼く、感情的になる気がする。

「私」では書けない恥ずかしいコトが、「僕」だと書けてしまう気がするのだ。

すっかり秋らしくなり、いよいよナニか深まろうかという今日も、週に1度行く大学のゼミ室は絶妙にむさ苦しく、さすが20人近いゼミ生の内19人オトコなだけあるなと思った。オトコ達の前で気取ってみても仕方が無いので、なけなしの金で買った見せ付けたい一万円のカーディガンすら、サッと、ネコが逃げるより早く脱ぐ僕である。

現状、パンの修行と実家の往復、カノジョとのデートに少しのバイトしか僕のスケジュール管理アプリには予定が無い日々が、もう5ヵ月ほど続いている。

同時多発的に同世代の女の子を見ることとは無縁の世界で、この夏と夏休みをすごした。

深まる秋、無限とも思える同時多発女子に、再び大学へ出向いた僕は、脳をバグらせた。

まず、朝早くから顔が怖くて有名な師匠とその奥さんとパンを作り、カノジョと出かけ、実家で寝て、そういう日々に、大学と言う実に大量の女の子を匿う機関がドカンと介入してくる。

そうすると、僕の脳の「女の子の顔認識システム」が、キャパシティーを軽々とオーバーするのも納得いただけるでしょう。

こう、これは、なんというか、「今からほうじ茶を飲むぞ」という口でペットボトルを傾けたら、そばつゆが流入してくる、そういう類のパニックなのである。

今までそんなコト無かったのだ。

本を、そうだな、経営学入門だとか、経営戦略ナントカみたいな本を学生ラウンジで読むフリをしながら女の子を見ているような、そういう3年間を過ごしてきた今までの私と、今年の僕は、明らかに違っているのだ。

大学4年生というのは、1つのなにか、JKと呼ばれる女子高生のように、長い人生の中で、ある時期だけ別の類の人種になる時期なのだと、僕は、思った。

これから、社会に放り投げられ舵の取り方も知らない航海士が未知の大海を冒険するかのごとく、試されるのである。

日々、試され続けるのである。

今もまた、僕は多分、試されているのだ。

同時多発的に女の子を見るという手段で、誰かナニかそういう機関、山梨パン組合だとか、earth music&ecologyみたいな、そういう風な所に、僕が試されているのだ。「いつ如何なる場合においても、ホンモノを見分けなさい。」と、こういう風に。

モノを、特にパンを作って生活する。

そういう手段で、僅かにでも幸せになりたくて、今、僕は修行している。

作って売る。

そういう僕は、脳をバグらせ、見えないものを感じながら、日々、世界の解像度を上げなきゃぁイケナイのだ。

モノを売るっていうのは、そういう修練の先にある、と思うのだ。

これから、卒業まで約半年。

同時多発的に視界に飛び込んでくる女の子達を、順調に脳内処理し、それぞれの顔が違うというコト、それぞれの服が違うというコトを、私は分からなければイケナイのだ。

大学4年生ともなると、試される日々の中で、たった週1日通学することに伴う脳がバグる経験すら、身に染みこませるコトが求められているのである。

と、そう思うと妙に、これまでの大学生活に納得するのだ。

思えば、大して友達が出来なかったのは、僕がモノコトを見ていたようで見てこなかったからだ。

4年になって見ようとしたら、世界は、大学は、実に広くてシビアであるのだと、知ったわけである。

女の子達の顔を、しかと見つめて後半年、過ごしたいと僕は思うのである。

以前のかっこつけた私では、ほんの少しもそんなコト、女の子達の顔をしかと見つめようとは、考えられない。

しかし今の僕は僕で、「もしコレを彼女が読んで、誤解を招いたらどうしようか。」と、
ビクビクシテイルノデアル。

今日もまた、秋は深まる。僕の情けない随筆とともに。


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久保田真司

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