罪深き「食」への探求

らしさとは、行いに付随する。

故に、「パン屋の息子らしさ」を追い求めんとする、私は、ついに、天然酵母に着手した。

近所のスーパーでサンふじを2個買い、隣接する100均でちょうど良さそうな広口瓶を買ってくる。

そう、りんごで天然酵母を作るのだ。

出かける直前に湯を沸かし、帰ったら冷水になっているように調整する。

買ってきたりんごは軽く水に流し、煮沸消毒した瓶に、ヘタも芯も残したまま2口サイズで切りいれていく。

準備した冷水をヒタヒタになるまで瓶に入れたら仕込みは完了し、後は、ぷくぷくしてくるまで直射日光を避けつつ待つだけだ。

一日も経てば、水の色はりんごジュース的な色になり、シャクシャクと美味しそうだったりんごは、虫かごの中のりんごみたくなる。

予定では、瓶の底に、酵母が白くコケのように溜まる。

それを、パン作りに使うのだ。

そして思う、「人は、罪深い。」と。

ググッた天然酵母のイメージを見て、「マジか。」と少し引きぎみに、「よくもまぁこんなものを使おう思ったな、先人。」と感心する。

思えば、「食」文化の激烈な奥深さを構築する、「こんなもの食えるのか」。

「シュールストレーミング」を知っているだろうか。

世界一臭い発酵食品として、ときたまメディアに顔を出しては、「うわ、くっさ。」を欲しいがままにしている。

下水のにおいがする魚をわざわざ作ってまで食べんとするのが人なのだ。

いつの時代も、人を突き動かすのは、「好奇心」なんじゃないかななんて思う。

こと「食」という、人の根幹を担う動作において、「もっと、もっと」と欲を出し続けてきた先人たちの「好奇心」は、パン屋とか、パン屋の息子とか、そういうことを度外視しても感服せざるを得ない。

悠久の歴史を刻む「食」文化をささえる、パン。

私も着実に、「文化」と向き合う旅の支度をしている段階だといえるだろう。

パスポートを取得して、航空券も手はずを整えた。

あとは、成田空港に向かうだけだ。

乗り込んだ航空機が離陸するのを待つように、自室でほったらかしてあるりんごの天然酵母、その完成を心待ちにしている。

あと七日間くらいだろうか。

食文化の罪深さと面白さに私もずっぽりはまっている。

さて、今日の晩御飯は、和食らしい。

大好きなのだけど、「こんにゃく」の第一人者もまた、罪深くて、趣深い。

台所に用意された煮物の香りに、
そう思うのだ。


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久保田真司

ぼくの食のエッセイ・トリアツカイ所

テーマが、『食べ物』系エッセイを取り扱っています。
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