「なんともない」を書く。

日々の創作は、日々の創作の連続によるもので、いわゆる「降りて来る」を待ってても仕方ないらしい。

そうは言っても、出会いとアイデアは同じで、
探し回っても手に入らないこともあって、
やっぱりどうしても、「降りて来る」のを待ってみたくなる。

日々の創作を連続させる。そういう修練のような日々を、それでも楽しくやれたらいいなぁと思うのだ。

毎日イイと思うコト言ってたら疲れそうで、
たまには、「なんともないコト」を書きたいなぁって僕はずっと思っていた。

思い返してみたら、僕の学生生活における執筆活動は、「せんせいあのね、」から始まり、
試験的な小論文に至るまで、「なにかあるから」書いてきた。

「なんもねぇーぜ!」と、意気込んで書いてきたことなどない。まして、「なんもないよぉ…。」と、弱気に書いたこともない。

ここへ来て、「なにもない。」そういう生活の余白を書きたいのだ。

そしたら、こういうことになるんだと思う。

今日は、昨日カノジョと食べた手製のチーズタッカルビがこべりついたフライパンを洗うところから始まった。

水が冷たくて嫌になる。
もうずっと、秋頃から頭の片隅にあって、見て見ぬ振りしてきた卒業論文。
再び、僕は嫌になる。

掃除にも、卒業論文のゲラ作成にも飽きちゃったから街場のコーヒー屋さんにいる。

街場のコーヒー屋さんで、僕は今、この随筆をしたためている。僅かに酸っぱいコーヒーを舐めながら確かに、したためているのだ。

日が暮れていくけど、未だにしたためている。

卒業論文がチラついて、何にも集中できない。冬の寒さに、足早になるのと少し似ている気がするけど、どうだろう。

ある冬に舞う雪のように、白い1日。
そして僕は、こういう1日が、大好きなのだから。



#随筆 #エッセイ #生活


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久保田真司

日々のほんの片隅

なんでもない日の、なんてことない哲学。
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