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パン

パンというものはとかく面白い、

米と比べてどうとか、食べ過ぎるとよくないとか、ワーワー言われることもままあるが、
それもなかなかに、自分勝手というものだ。

そもそも、米を洗って炊いたものと、
小麦粉の2次加工品を比べるというのは、
焼き鳥とハンバーグを比較するのと似ている。

栄養価で見たらハンバーグの方がてんこ盛りだろうが、カロリーで見たら焼き鳥の方が良心的であろうことは、容易に想像ができる。

1つ、最近知った、パンについての話が、ある。

というのも、
パンを作る際、大概、
イーストと呼ばれるものを使用する。

私たちが普段口にする柔らかいパンは、
発酵という過程を経て焼成される。
この発酵に必要なのが、酵母、もしくは、
イーストというものである。

酵母とイーストは、ほのかに違うのだが、
ここで言いたいのは、
イーストは、純粋培養され微生物の集まりであるため、とかく人工的な自然物とでも言えようか。
イーストを使うことで、
安定した発酵が行われ、安定して生産が可能になる。

山崎も、フジパンも我が家もイーストを使っているはずだ。

さて、イーストの前フリが長くて本線からずれたが、結局、何が言いたいのかというと、
「先人は、すごい」ということだ。

ではなぜすごいのか。

パンの歴史の中で、イーストという
安定感発群の優秀な人材の歴史は、
短い。

イーストは、登場から今この瞬間まで、
およそ、100年。

「じゃー、パンの歴史は何年なのか?」

エジプトの誰かのウッカリで出来上がった
今風の発酵させたふんわりパンは、
6000年の歴史がある。

イーストが登場するまでの5900年間は、
何によって、パンを発酵させ、
ふっくらさせてきたのか。

それこそが、先ほどの、酵母と言われるもので、まさに、微生物そのものである。

ということは、パンというものは、
いわば、自然界の産物でもある。

酵母に含まれる微生物の動きを予想することなど、今でもなかなかむずかしい。

科学の発達した今でも難しいことを、
人は何千年も昔からやっている。

これはもう、大変なことである。

先人たちは、すごいと、言うしかない。

大変な思いで微生物と会話をし、
パンを作り、パンは宗教にすらなり、
今では、食卓に常備されるものにまでなった。

簡単に「パン」と言うし、
簡単に食べられるパンであるが、
その、圧倒的スケールの歴史を感じると、
何か、「パン」に対して気軽に、
ワーワー言うもんではないなと、
感じざるをえない。

先人たちの知恵の結晶、それが
パンであり、
昔も今も、
人の力、それも、食に対する力というのは、
計り知れないロマンが広がっている。

世にある面白さを解明できる喜び、
それに並行して、
歴史を甘んじている暇はないなと、
パンに思う、私である。

なんてったって、メソポタミアの頃からパンがあるわけなのだ。
「パン、半端ないっ!」

ところで、
「パンのエッセイ、その連載企画か何か、
お誘いがあったら、いいね。」
なんて…

#エッセイ #コラム

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